第一章 猫目石の魔術師(マグス) 5




すると、思いもよらぬ光景が広がっていた。

門から屋敷の入り口へと続く白大理石の道の先に人混みができているではないか。しかも、人々は通路の内だけには収まらず、通路を挟んで両脇に掘られた涼を取るための水路にまではみ出していた。ただ事ではない。


「なんと言うことだ! 今日明日と店を閉めるとふれ回ったにも関わらず、こんなときに屋敷まで押しかける無礼者は誰か」


奥様の訃報ふほうを聞きつけた野次馬だろうか。

ウマルの主人であるモゴリはアレーレいちの商人だ。宝石の原石、そして加工石ルースの仕入れと細工、販売を手掛けることを生業としていてウマルを含め多くの下男と職人、商人を養っている。さらには、アレーレに集まる商人全体のまとめ役でもあり、とても多忙な人物である。

多くの人に頼られるのは仕事柄、仕様がないことはわかるが、こんなときくらいそっとして置いてやろうという優しさや気配りはこいつらには無いのか。


いきどおる気持ちのままウマルは人混みを掻き分け進んだ。と、不意にぱっくりと人が途切れ、目の前が開ける。

琥珀こはく色の瞳がこちらを向いた。


「な……」


目の前の男の美しさに、ウマルは咄嗟に言葉が出てこなかった。

十二で商家の下男になって、今年で六年目。見目麗しい金持ちは、男も女も大勢見てきたつもりだったが、自分と年も変わらなさそうな青年相手にウマルは圧倒されていた。青年はここらでは珍しい褐色かっしょくの肌に、生地の厚い飾り気の無い白い服をまとっていた。


ひたいには藍色の布を巻いている。布は日除けを目的とした物では無さそうだった。幅が狭く、灰白色かいはくしょくの頭髪の大部分が見えているのだ。

ちらりと周囲を眺めるに、ここに集まった皆が自分と似たり寄ったりな状況なのだろう。それぞれ青年を見て「わあ」とか、「綺麗」とか呟いたり、もしくはただ言葉もなく口を開けていたりする。


青年は、細いがなよなよとしている訳ではなく、厚手の衣服を纏っていながらも筋肉で引き締まった身体をしていることが見て取れた。

膝の裏まで届くかと言う長剣を肩から背負って平気な顔でいるのだ。上背もずいぶんとある。羨ましいものだ。自分は毎日、幾ら重い荷を運んでもどうしてか仲間より筋肉が付きづらい。

剣のつかに施された彫りも実に見事だった。象牙だろうか……。六年の間に目が肥えたウマルが感嘆する品だった。


「皆、何をしている。下がりなさい。魔術師マグスに触れることは修行の大いなる妨げとなるのだぞ。大変に失礼な行為だ」


主人モゴリの声にウマルは再びはっと、我に返った。

魔術師? 今、主人は魔術師と言ったか。だが、ウマルの知っている魔術師というものと、目の前のこの男はどうにも一致しない。


「頼むからどうか、関係の無い者は帰ってくれ」


モゴリは疲弊した顔で両手を振り人々を追い返す仕草を取った。意外なことに野次馬の衆は大人しく従う。けれど、やはりまだこちらが気になるのか、潜り戸の向こう側で立ち止まることに決めたようだ。

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