第一章 猫目石の魔術師(マグス) 1





「ねぇ。ねぇってば、ねえ!」


「うるさい! 鉄格子てつごうしをガチャガチャ鳴らすな!」


メブレビは、腹の底からため息を吐いた。

こちらに向かって二人の男が歩いてくる。

一人は若い。十六になるメブレビより少し年上だろうか。片手に松明たいまつを掲げている。

もう一人は老人で、両手で危うげにぼんを運んでいた。


「ほら、坊主。食事を持ってきたから落ち着きなさい」


食事が出されるということはどうやらまだ、ここからは出られないらしい。

あれは、つい昨日のことだ。

日の入りも間近という頃。川辺で人助けをしていたら目の前の青年に突然、縛り上げられ、続いて大勢の大人に取り囲まれたかと思うとそのまま地下牢ここに放り込まれたのだ。

青年は昨日と変わらず鬼のごとき形相ぎょうそうでメブレビを見下ろしていた。

そして老人の方は気の毒そうな顔でメブレビのむかいに盆を置く。

ああ、神様イズリヤーム。なんだ、この粗末そまつな食事は。


「どうして麦餅ホブズがこんなに薄いんだ、紙みたいじゃ無いか。それにこの器。中身に対して大きすぎるって。水が底から三分の二も入ってない……。ただでさえ少ないのに余計少なく見える」


「このっ! 自分の立場がわかっていないようだな。食事が出るだけありがたいと思え!」


地面は堅いしお尻は冷たいし、それになんだかここは雨の日の池みたいな匂いがする。

ほんの数日前まで新たな人生の門出かどでに胸躍らせていたと言うのに、旅の出だしでこの仕打ち。

ああ、神様イズリヤーム


「すまんねえ。井戸から水をんで階段を降りて運ぶってのは、老いた体には難しくってなぁ。水をこぼしてしまうんだ。だが、安心おし。もう一往復するからね。飲み終わったら言いなさい。う、げほっ、かっ!」


「いいよ、爺ちゃん。これで十分だから往復すんな。それよりもお兄さんの方。俺はいつ、ここから出られる?」


「お前が罪を認め、懺悔ざんげしたらだ」


「だから最初から全部ありのままを話してるじゃないか。あの女性を助けられなかったのは本当に申し訳ないが、俺がやったんじゃない。自分で川に身を」


「嘘をつくな!」


「ああもう、怒鳴るなよ」


「奥様がご自分で身を……投げたなど、あるはずがない! もうすぐお嬢様の八歳の誕生日なんだぞ」


「娘が居るのか?」


「奥様の葬儀が終わったら、覚えていろよ」


男はきびすを返した。松明たいまつが行ってしまうので、老人も慌てて付いて行く。

辺りは再び闇に包まれ、遠くで扉の閉まる音がした。


「はあ、一体、何しに来たんだ」


てのひらの匂いを嗅ぐと、鉄臭い。

衣服で手の汚れをぬぐい、格子の間からペラペラの麦餅ホブズに手を伸ばした。

口に入れると味は無く、まあ、持った時からわかっていたことだったが、酷く湿気しけっていた。ただでさえ湿しめっぽい気持ちだったのに、追い討ちをかけられた気分だ。



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