エマ
頭の中に直接響いていた声が途切れると、今度は床に光る魔法陣が現れ、シューーっという音と共に、手のひら程の大きさの白い物体が現れたのであった。そうして魔法陣は消え、魔導書の光も徐々に弱まり消えていった。
あまりの出来事にカレンの理解は追い付かず、暫く抜け殻のように呆然と立ち尽くしてしまった。
――今のは何?!何が起こったの…?この本が急に光り出して、頭の中で声がしたと思ったら床に魔法陣が現れて……
ようやく気を取り直して魔法陣が現れた辺りの床に目をやると、白い物体はそのまま残っていた。
――この本、魔導書だったのよね?確かあの声が、召喚魔法だとか何とか言っていたような……これも召喚された物ってこと?……
しゃがみ込み、この白い物体が何なのかを確認するカレン。
ツンツンと突っついてみる。表面はツルっとしており、それなりに硬そうだ。それに何やら匂いもする。
「あら、この匂い……結構いい匂いね……一体何なのかしらこれ」
まだ開いたままだった魔導書に目を落とす。先程読んだ部分の続きを読んでみる。
「続きは…なになに…『魔法とはイメージである。汝が望むことをイメージして我に願うがいい。望みのものを召喚してみせよう』……へぇ、イメージしてお願いしたら召喚してくれるの?このびっしり書かれている文字は、ひょっとして呪文だったりするのかな?魔導書に既に書かれているから、私が呪文を唱える必要が無いってことかしら?」
幼い頃に読み聞かせてもらった大好きな物語の中の少女も、召喚魔法を使っていたことをふと思い出した。
「私もあの子みたいにできるのよね、この魔導書があれば……うーん、どうしよう…取り敢えずこの白いのが何なのか、誰か教えて~!…なんてね」
すると再び魔導書が光り出す。
「えっ?!嘘でしょ?ちょっと!今のは冗談なのに……何か召喚されるの…?」
床に現れた魔法陣の眩い光の中から、一人の少女が女の子座りの状態で現れた。
――人が召喚された?!人間も召喚できてしまうだなんて……それよりも、早くこの子に事情を説明しないとよね…
少女は目を白黒させ、驚いた表情でキョロキョロと周囲を見回している。焦点がカレンに合うと少女はおずおずと尋ねる。
「あのぉ……ここは一体どこですか?私、さっきまで自宅の自分の部屋に居たんです。でも気づいたらここに居て……あっ、外国の方ですか?…日本語だと通じないわよねぇ…えーっと、英語で何て言うんだっけ…」
「心配しないで、言葉は通じているわ。まずは自己紹介ね。私はカレン、14歳。このブラウン商会の一人娘よ。あと、ここはグリュンシュヴァイク王国よ」
「グリュン……どこですかそれ…聞いたことない国です……ひょっとしてここは異世界?」
「異世界?あー…そうかもしれないわ。あなたは私が偶然召喚したの。ほら見て、この魔導書で。でも何故あなただったのかは私にも分からないの」
少女はじっと魔導書を見つめ、何やら考え込んでいる。
「…つまり私は魔導書を使った召喚魔法で、無作為に偶然選ばれてこの異世界に召喚されてしまった、ということで合ってます?」
「あなた凄く冷静なのね、その通りよ。理解が早くて助かるわ」
「そっかぁー、私、異世界来ちゃったかぁー……ねぇ、カレンさんだっけ?私、元の世界に戻れるの?」
「うーん…ちょっと待って、今調べてみるわね」
少し焦りながらカレンは魔導書の続きに目を通す。
すると、『召喚したものは、召喚魔法とは対になる帰還魔法で送り返すことができる』との記述があった。
更に『魔法陣を通過する際、言語の自動翻訳機能が付与される』こと。『物が通過すれば記されている文字が書き変わり、人が通過すればその人の使用言語が現地語に対応し、読み書きですら同様である』旨も記されていた。
そのことを伝えると、少女は心底ホッとした表情を見せた。
「元の世界に戻れるのね?よかったぁ~安心したよぉ~、もう戻れないんじゃないかと思って焦ったもん!それにしても自動翻訳機能って便利よね。私もさっきからそこの箱に書いてある文字とか、見たこともない文字なのに読めていて不思議だったんだ。あっ、そうだ、自己紹介がまだだったよね。改めまして、私は斎藤
「エマね、分かったわ。じゃあ私のこともカレンと呼んでね」
何とかエマに事情を説明できて良かったと思うカレンだったが、自身もこの状況をほとんど理解できずにいた。何故自分が魔導書の主となってしまったのか、自分も誰かに教えて欲しいくらいであった。
「ところで、これなんだけど。何で床に石鹸が転がってるの?」
自分の膝元にあった石鹸を手に取りカレンに尋ねるエマ。
「エマ、その白いのが何なのか知っているの?!」
「勿論知ってるけど…これ、石鹸でしょ?…カレンは知らないの?」
何故そんなことを聞かれるのか分からない、といった表情で困惑するエマに、カレンが説明する。
「私にはそれが何なのか分からないの。エマが来る直前に勝手に召喚されてしまって、使い方が分からずに困っていたら、あなたが召喚されてしまったのよ」
「なるほどね~、それで私が召喚されたのね。これは私の世界では石鹸と呼ばれる物で、汚れを落とすために使うんだよ。主に手を洗ったり身体を洗ったりする時に使うよ」
「へぇー、そうなのね。手を洗う時に……あ、ちょっと今使ってみようかしら。井戸の場所まで移動するけどいい?あらっ、エマ靴を履いていないわね。靴取ってくるからちょっと待ってて」
靴を借りたエマとカレンは近所の共同井戸の場所まで移動する。
井戸は通りに面しているので、この世界の街並みがよく分かる。
エマは面白そうにキョロキョロと周囲を見渡しながらカレンの後ろをついて歩く。
「中世のヨーロッパって感じよね!ルネッサンスの時代ってこんな感じなのかなぁ」
「ヨーロッパが何かは分からないけど、着いたわ。ここで水を汲むの」
井戸から水を汲み、カレンは石鹸を使って品出しで汚れた手を洗ってみる
「石鹸って凄くヌルヌルするのね、どこかへ飛んで行ってしまいそう!」
「ある程度手に石鹸を付けたら一度石鹸を置いて、手をこすって洗ってみて」
「わー、泡がいっぱいよ、いい匂い。汚れも落ちてるわ」
「はーい、水流すよ~、手をすすいで~」
「わぁ、綺麗になってるわ!凄いのね、石鹸って!何だかいい匂いだし」
「ははは、匂い気に入ったのね。石鹸を使うと綺麗に汚れを落とせるから、病気の予防にもなるんだよ~」
「へぇー、そうなのね。ところでこの石鹸を持って帰る時、また手がヌルヌルになってしまうのね…」
「あ~、受け皿が必要なんだよね…ごめん、忘れてた」
エマの指導の下、石鹸の使い方をマスターしたカレンは、ひとつの可能性を見出していた。
――石鹸、この世界で売れるんじゃないかしら…
商人の勘とでもいうべきか、必ず売れるという確信めいた予感もあった。
エマに作り方を教わって、ブラウン商会で販売しようと決意したカレンなのであった。
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