カレンのグリモワール
ぶるぅ
プロローグ
――心正しき者よ、汝を我が主と認めよう。我を使い世界を変えるがいい!
えっ、何?!どういうこと?
頭の中に直接響き渡る謎の声。
倉庫の片隅で急に光を放ち始めたこの古びた本が、私に話し掛けてきたのだろうか。
光ったり話したりする本なんてある訳ないよね。ましてや脳内に直接だなんて。
信じられない、というよりあり得ないでしょう?白昼夢でも見ているのかしら……
我が主と認めるって一体何なの?世界を変えるって……私が?
現実とは思えない出来事に、呆然と立ち尽くしてしまう。
すると再び本が光り始め、床には魔法陣が――
思いもよらず魔導書の主となってしまった私 カレンと、
仲間達の物語が今 始まる――
私はカレン【Karen】14歳、平民の娘。
グリュンシュヴァイク王国【Königreich Grünschweig】にあるブラウン商会の一人娘で、父と母の3人家族。
小さな頃から商会の看板娘としてお手伝いをしていたので、14歳の女の子にしては質実剛健で大人顔負けの商人に育ち上ってしまった。
父はエドガー【Edgar】38歳。ブラウン商会の経営者。ヒゲがもじゃもじゃで恰幅も良く、まるでクマのような見た目の優しいお父さん。経営者としても新しい物好きな性格を生かして、流行を取り入れることを躊躇しない柔軟さを持ち合わせている。
母はフィオナ【Fiona】36歳。隣国から嫁いできた、しっかり者で娘から見ても美人のお母さん。幼い頃に読み聞かせてくれた、私が大好きだった物語の主人公の挿絵に、姿や面差しがそっくりなのだ。魔導士の少女が大活躍する物語だったが、母自身の体験談みたいに思えて、とてもワクワクしながら聞いていたのを覚えている。何度も何度も、もう一度読んで~とせがんだものだ。
「カレン、ちょっとこっち手伝ってくれるー?」
「はーい、今行くから待ってー」
母フィオナが品出しをしながらカレンを呼んでいる。
近隣の国で流行っているという雑貨を輸入したところ、かなりの売れ行きで商品の補充が欠かせないのだ。品出し分が足りなくなったので、倉庫の在庫から補充分を取ってきて欲しいとのことだ。この商品はカレン自身が今年の春先の買い付けで輸入交渉をした商品だったので、目論見通りに売れていることは駆け出しの商人として自信に繋がる。
倉庫から商品の入った箱を抱えながら戻る途中、奉公人のルーク【Luke】(20歳)が声を掛けてきた。
「お嬢、それ俺がお持ちしますよ。お嬢が買い付けてこられたこの雑貨、かなり売れてますよね。旦那様も喜んでおられましたよ。お嬢には目利きの才能があるかもって」
「本当に?お父さん、私には何も言ってなかったのに……もぅ」
「ははは、たぶん照れ臭かったんですよ」
するとルークの弟レオ【Leo】(16歳)が話に加わってきた。
「カレンにしては上出来だったな。でも今回はマグレ当たりかもしれないし、次も当てられれば褒めてもらえるかもな」
「おいレオ、おまえ失礼なことを言うな。あと『お嬢』とお呼びしろといつも言っているだろ」
「いいのよ、ルーク。奉公人といってもあなた達は子供の頃からうちに居て、幼馴染み同然だもの。好きに呼んでくれて構わないの。それにレオが失礼なのはいつものことだしね」
「すいません、お嬢。レオには後でよーく言い聞かせておきますので」
申し訳なさそうな顔のルークとレオの兄弟を伴って、品出し作業に加わる。
父エドガーは他国へ買い付けに行っており、もう半月以上も家を空けている。
国を跨いでの買い付けには、とにかくとても時間が掛かるものである。目的地へ辿り着くまでにも馬車や船などを乗り継ぎ、何日も掛けての移動となることも珍しくない。
現地へ到着してからも、更に何日も滞在することになる。街中を歩き回り様々な店を見て回ることで、どういう物に需要があり何が流行っているのかをしっかりと見極める必要があるからだ。この目利きこそが商人の腕の見せどころである。
買い物客に対しては、どんな物に興味があり使ってみたいと思っているか、アンケートのように聞いてみることもある。それらを基に自国に合いそう・売れそうな物を検討し、販売元の商会との商談に入る。
商談が成立するとまた次の目的地へと移動し、再び現地調査から始める。何ヶ国も巡ると帰国するまでに数ヶ月掛かってもおかしくはない。
「ふー、やっと全部出し終えたわね」
「お疲れ様。少し休憩してきてもいいわよカレン」
品出しを終えて一息ついたカレンに母フィオナが声を掛ける。
「はーい。じゃあちょっと休憩頂きまーす」
カレンは先程倉庫へ行った時に、少し気になることがあったのを思い出した。
あれは確か、隣国シャルルージュ王国【Königreich Charleuges】からの輸入品の木箱だったはずだが、その中に見覚えの無い奇妙な古びた本が混ざっているのを見かけたのだ。
――あの本は何かしら……
何やら妙な胸騒ぎも覚え、倉庫へ向かう足も早まる。
品出しの途中で手が汚れてしまったのが気になってはいたが、そんなのは後回しだ。
倉庫の片隅に置かれている木箱の中にその本はあった。
革張りの表装で、本を閉じるためのベルトまで付いている随分と立派な本だ。
「輸入品とは明らかに違うわよね…どこで紛れ込んだのかしら」
カレンは本を手に取って開いてみる。
中身は文字がびっしりと書かれており、何やらよく分からない図形なども随所に記されている。非常に分厚いこの本は徹頭徹尾そのような感じであった。要は文字と図形に埋め尽くされた本なのだ。とても読む気にはなれないが、冒頭部分だけでも確認してみることにする。
「えーっと、なになに?『我が親愛なる契約者よ、汝のために我この魔導書を記す』……えっ、これ魔導書だったの?……まぁいいわ。それでえーっと『汝が正しくこの魔導書を使うことを我は知っている。さぁ望むがいい、このグリモワールを!』……」
言い終わったその刹那、眩いばかりの光が魔導書から発せられた。
見るも眩しく、思わず目を瞑ってしまう。
そして頭の中に直接、謎の声が響き渡る。
――『我はグリモワール、召喚魔法の魔導書である。心正しき者よ、汝を我が主と認めよう。我を使い世界を変えるがいい!』
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