第41話 次の皇帝は?
その日、帝城は悲しみに包まれていた。
事件の二時間後。
皇帝陛下の部屋であった出来事はすぐに城の中に広まり、リリシアは三人を殺害した容疑で捕まってしまった。
そして俺達、フリーデン王国の人間は別室に監禁されている。
「ユート殿どういうことですか! リリシア様が皇帝陛下を殺害? そのようなバカな話があるものか!」
護衛隊長は突然の展開に驚きを隠せず、憤慨していた。
「今俺達に出来ることはありません」
「我々は帝国と敵対していたのだ! このまま何もせずに待っていたら殺されるだけだぞ! いや、我々が殺されるだけならまだいい。帝国と戦争になったらどれだけの犠牲が出るか⋯⋯それどころか王国が崩壊してしまうぞ」
護衛隊長は戦争になったら王国が負けるとわかっているんだ。それだけ今の帝国との戦力差は大きいし、リリシアが皇帝を殺害したことが真実なら、他国も王国の敵になるだろう。
「だけど真面目な話、犯人はリリシアちゃんじゃねえだろ?」
「そうだ! リリシア様がそのようなことをするはずがない!」
「武器だって入口にいた兵士に預けていたし⋯⋯いや、武器はあったな」
そう⋯⋯ザインの言うとおり武器はある。
「護衛の騎士から奪えばいいだけだ。リリシアちゃんの技量なら奪った剣で皇帝陛下と騎士二人を殺すことなど容易いだろう」
どんな手練れでも不意をつけば、簡単に倒すことが出来る。ましてや相手は神速と呼ばれている者だ。
そのこともリリシアが犯人だと疑われる要因になったのだろう。
「ですがリリシア様が罪を犯した証拠はありませんよね? 無実だという証拠もありませんが⋯⋯」
護衛隊長が意気消沈してしまう。
罪を犯した決定的証拠はないけど、ほぼ全てのベクトルはリリシアが犯人だと言ってる。
だが⋯⋯
「ありますよ」
「えっ?」
「リリシアが無実だという証拠ならあります」
「ほ、本当ですか!」
「ええ⋯⋯たぶんそろそろ⋯⋯」
トントン
そしてタイミングよく部屋のドアがノックされる。
「だ、誰だこのような時に⋯⋯まさか帝国は私達を殺すつもりで⋯⋯」
護衛隊長は震える手でゆっくりドアノブを回す。すると来訪者が部屋に入ってきた。
「ひぃぃぃぃっ!」
護衛隊長は来訪者の顔を見て、悲鳴をあげながら尻餅をつく。
その姿はまるで幽霊でも見たかのようで、そのまま気絶してしまうのであった。
◇◇◇
護衛隊長が意識を失った頃。
主がいないはずの玉座には、一人の男が座っていた。
「どういうつもりだ? そこはあなたが座っていい場所ではないぞ」
第二皇子のデレックは、鋭い眼光で玉座に座っている者を見下ろす。
デレックは冷静に話しているように見えるが殺意が溢れており、何のしがらみがなければ、今にも玉座に座っている男⋯⋯ルドルフに斬りかかる勢いだった。
「父上が死んだ⋯⋯いや、殺されたのだ。王国に報復するためにも、皇帝であるこの俺が帝国をまとめるしかあるまい」
「皇帝だと? 兄上は謹慎を言い渡されていたはずだ。そのような者が皇帝になるとは笑わせるな」
デレックはこの部屋にいる者⋯⋯騎士団長のゾルド、宰相のデュケル、第三皇子のアルドリック、そして二十数名の上級貴族に問いかける。
「アルドリック、お前はどう思う」
「俺? 俺が何を言っても結果は変わらないからどうでもいいよ」
「もう少し真剣に考えろ。兄上が皇帝になったら、帝国は滅びるぞ」
「どうなろうが俺には関係ないね。誰が皇帝になるか話し合うなら俺抜きでやってくれ」
デレックはこれ以上何を言っても無駄だと感じ取り、頭をかかえる。
「ともかくこの非常時だ。最も人望がある者が国をまとめるのに相応しいと思わないか?」
ルドルフは玉座から立ち上がり、デレックと対峙する。
「それが兄上だと言いたいのか? いいだろ⋯⋯この場にいる者達に聞いてみるとしようか。ゾルド騎士団長、あなたはどう思われますか?」
「俺はデレック様が皇帝に相応しいと思う。失態を犯しているルドルフ様では、帝国をまとめることは難しいだろう」
騎士団長の言葉にデレックは心の中で笑みを浮かべる。
元々騎士団長はデレック派であった。初めにデレックを皇帝に推すことによって、流れを掴もうとしていたのだ。
だがそもそも騎士団長が言うように、ルドルフは先日のパーティー会場で、リリシアに無礼を働くというあり得ない失態を犯している。そして皇帝陛下に処罰されているのだ。
そのような者にデレックは負けるわけがないと考えていた。
しかしこの後。信じられない光景が広がっていた。
「一人一人聞くのは面倒だ。兄上を推す者は挙手をしてくれ」
デレックの問いかけに一人二人と手を上げる。
そしてその勢いは止まらず、終には六割の者が挙手するのであった。
「バカな! あり得ない! お前達は帝国を滅ぼすつもりなのか!」
デレックの叫びに挙手したほとんどの者が目を逸らした。この事からルドルフと何か後ろめたいことがあるのは明らかだ。
「デレックよ。これが答えだ。文句はあるまいな」
こうして次の皇帝はルドルフに決まった。
その事実にデレックは愕然とし、その場に崩れ落ちる。
「まずは皇帝となった俺の最初の命令だ。反逆の意志を見せたこの二人を、牢獄に閉じ込めておけ」
玉座の間の外から兵士達が現れ、あっという間にデレックとゾルドが捕縛される。
「兄上⋯⋯いや、ルドルフ! どんな手を使った!」
「どんな手だと? お前の人望のなさを責任転嫁するとは、見苦しいな。早くこの反逆者を連れていけ」
兵士達はデレックとゾルドの腕を掴み、無理矢理玉座の間の外へと引きずっていく。
「離せ! 皇族の私に触れるなど無礼だぞ!」
デレックの叫びも虚しく、二人は玉座の間を退出させられた。
そしてルドルフはアルドリックに視線を向ける。
「良かったな。もしデレックの味方をしていたらお前も牢獄行きだったぞ」
「⋯⋯正しい選択が出来て良かったよ」
「そうだな。だが間違った選択をした時は、お前もデレックのようになることは忘れるな」
「肝に銘じておく」
アルドリックはこの場に用はなくなったのか、玉座の間を去っていく。
「邪魔者達は全て消えた⋯⋯これでようやくこの椅子が俺のものとなる」
ルドルフはこれからの輝かしい人生を思い浮かべながら玉座へと向かい、全てを手に入れようとしていた。
だが⋯⋯
「その席にお前を座らせる訳にはいかない」
突如玉座の間の扉が開き、ルドルフの行動を阻止する者が現れるのであった。
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