第40話 嵌められたリリシア

 廊下を進むと、皇帝陛下の部屋が見えてきた。


「護衛の騎士がいないぞ!」


 アルドリックが驚いた様子で声を上げる。

 どうやら普段は皇帝陛下の部屋の前に騎士がいるようだ。


「悲鳴というのは本当だったのか」

「皇帝陛下はご無事なのか!」


 そして護衛の騎士がいないことで、アルドリックや二人の兵士に、何かが起きていると理解してもらえたようだ。

 俺は部屋の前にたどり着くと、勢いよくドアを開ける。

 すると目に入ってきたのは床に倒れている三人の男と、その場に座り込むリリシアとルルだった。

 一人は昨日パーティーで見た皇帝陛下だ。残る二人は護衛の騎士で間違いないだろう。

 そして三人に共通しているのは、いずれも血まみれだということだ。


「あっ⋯⋯ああ⋯⋯」


 リリシアはゆっくりこちらを振り向く。

 予想外の出来事にショックを受けているのか、言葉を上手く話せず、目の焦点が合っていないように見える。


「まさかリリシア王女が皇帝陛下を!」

「絶対に逃がすな!」


 二人の兵士は手に持った剣をリリシアへと向ける。

 兵士の一人が、この部屋にいるのは皇帝陛下と護衛の騎士二人、それとリリシアだけだと言っていた。この部屋に入るには、兵士達が守っていた扉を通らなくてはならない。

 そして生き残っているのはリリシアだけ。状況証拠だけで考えると、誰が見ても犯人はリリシアと断定するだろう。

 兵士達がリリシアを警戒するのも理解出来る。


(王女が部屋に入った時には⋯⋯)

(わかっている)


 ルルが頭の中で話しかけてくるが、俺には全てがわかっている。

 犯人は既にこの場にはいない。

 だから俺は躊躇いもなく、リリシアと皇帝陛下の元へと近づく。


「リリシア、大丈夫だ。後は任せてくれ」

「は、はい⋯⋯」


 リリシアを安心させるために問いかけるが、皇帝陛下はピクリとも動いていないように見える。


「状況的にリリシア王女が危害を加えた可能性が高いです」

「近づくと危険です! 下がってください!」


 兵士が忠告してくるが、俺は無視して掌を皇帝陛下へとかざす。


「貴様! 皇帝陛下に何をするつもりだ!」

「その手をすぐに下ろせ!」


 俺が再度の忠告も無視したためか、兵士達は声を荒げてきた。

 だが今は兵士に構っている暇はない。

 もし兵士達が強引に拘束してきたら、ザインに止めてもらうしかないな。

 しかしこの後、兵士達が俺の行動を阻止することはなかった。

 何故ならアルドリックが再び兵士達を止めたからだ。


「全ての責任は俺が取ると言ったはずだ。ユートに手を出すな」

「「しょ、承知しました」」


 またしてもアルドリックに助けられてしまった。

 それならここは皇帝陛下を治すことで恩を返すことにしよう。

 俺は魔力を左手に集め、回復魔法を唱える。


完全回復魔法パーフェクトヒール


 魔法が発動した瞬間、目を開けられない程の眩しい光が、皇帝陛下を包み込む。


「魔法⋯⋯だと⋯⋯だがこんな魔法見たことないぞ」


 アルドリックが驚くの無理もない。

 回復魔法を使えるのはこの世界でただ一人、俺だけだからな。

 ちなみにこれは回復魔法ヒールより強力な魔法で、生きてさえいれば、どのような傷も治してしまう魔法だ。

 もし完全回復魔法パーフェクトヒールで皇帝陛下の傷が治らないようなら、既に命が失われているということになってしまう。

 そして俺は護衛の騎士達にも完全回復魔法パーフェクトヒールを使う。

 最悪この中の誰かが意識を取り戻してくれれば、三人を殺害しようとした犯人の証人になってくれるはず。

 もちろん俺には誰の犯行かわかっている。

 しかし未来から来たので犯人を知っているなんて言っても、信じてもらえないし、頭がおかしいと思われるだけだ。

 一応三人が亡くなってしまった場合でも、犯人を追い詰める方法はあるが、出来れば助かってほしい。

 俺は祈るような気持ちで、三人が目を開けるのは待つのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る