第26話 スロバスト帝国

「何だこの剣は! 剣身の輝きを見ているとどこか吸い込まれそうで⋯⋯かなりの業物じゃないか」


 宿に戻ると、俺とルルはザインの部屋を訪ねた。

 ザインは仮にも剣を嗜む者だ。このショートソードの凄さがわかるらしい。


「だけどどうせなら、そっちのロングソードの方が俺の好みだぜ」

「これは俺が使うやつだ。いらないならこっちも俺が使うけど」

「ま、待て! 使う使う! 使わして下さい!」

「売るなよ。売ったらその分の金を請求するからな」

「こんなすげえ剣、売らねえよ」


 ザインには前科があるからな。少し信用出来ない部分がある。


「それよりわざわざ俺に演技までさせて街に留まりたかったのは、この剣を仕入れるためだったのか?」

「まあそんな感じだ。それとこのアイテムを見てくれ。聖なる水差しっていうんだが、無限に水を生み出すことが出来るんだ」

「マジで?」


 ちなみにこの水差しの名付け親はルルだ。セレスティア様の神殿にあった水差しなら、この名前が相応しいと勝手に決めてしまった。


(どうですか? 私の秀逸なネーミングセンスは)

(はいはい。凄い凄い)


 ルルが胸を張り、得意気な顔をしている。下手なことをいうと機嫌が悪くなるので、とりあえず褒めておく。

 だが俺の考えが読まれてしまったので、首筋を噛まれてしまった。

 この能力、便利そうに見えて不便だな。


 俺はザインに水差しに何も入っていないことを見せてから、コップに水を注ぐ。


「すげえなこれ。どういう仕組みになっているんだ?」

「さあ? でも美味しい水だから飲んでみてくれ」

「んじゃ、遠慮なく」


 ザインはコップに入った水を一気に飲み干すと、笑みを浮かべた。


「何だか身体の中にある邪気が祓われていくようだぜ! しかも旨い!」


 どうせなら女性好きという邪念も祓ってもらえると、助かるのだが。


(それはあなたも同じですよね?)

(うるさいよ)


 ルルが余計なツッコミを入れてくる。もうホントこの能力嫌だ。


「とりあえずこれでもう演技はしなくていいんだよな?」

「ああ⋯⋯悪かったな。変なことを頼んで」

「いや、俺も剣が手に入ったから文句はないぜ」

「これからも突拍子もなく頼み事をするかもしれないけど、よろしくな」

「まだあるのかよ!」


 まだまだある。この世界を救う旅はまだ始まったばかりだからな。

 こうしてセレスティア様の神殿にて、三振りの剣といくつかの水差しを手に入れ、翌日ヴォラリヒトの街を後にするのだった。


 そしてヴォラリヒトを出発して三時間程経った頃、スロバスト帝国に入った。

 さすがにここからは、迷いの森に行くような怪しい行動をすることは出来ない。

 もし何か罪を犯したら、他国の俺の首など一瞬で飛ぶからだ。

 それにしても帝国は王国に比べて裕福な印象を受ける。道は整備されているし、道端に孤児などもいない。

 さすが王国に援助を申し立ててくるだけはある。領土も王国の二倍の広さがあるし、もし二国間だけで戦争となれば、王国が苦戦することは間違いないだろう。

 だがこの帝国も三年後には滅びの道を辿ることになる。

 その滅びの道へと行かないためにも、帝都に到着したらすぐにやるべきことをやらないと。

 そして帝国に入って四日程経った頃、前方に強大な建物が見えてきた。


「見えて来ました。あれが帝都グランツアイゼンの城でございます」


 まだ帝都まで距離があるとはいえ、凄い大きさだ。しかも帝都自体が高い壁に囲まれているため、もしこの場所を攻め落とすとしたら、相当の兵力が必要になりそうだ。


「デカい街だな。これは楽しみになってきたぜ」

「遊びも程々にな。剣は絶対に手放すなよ。それと俺達はリリシア王女の護衛で来たんだぞ」

「どっちもわかってるから心配するな」


 ザインが真っ直ぐに俺の目を見据えてくる。

 だがその目は欲望にまみれているように見えて、俺の心配を増やすだけだった。

 不安だなあ。だけどどうしても夜にやらなきゃいけないことがある。ここはザインを信じるしかないか。

 そして俺達は首都グランツアイゼンに入り、城へと案内された。


「ではリリシア王女は皇帝陛下との謁見がありますので、護衛の方々はこちらでお待ち下さい」

「わかりました。では皆様、行って参ります」


 ホールドさんとリリシアが俺達から離れ、廊下を進んでいく。

 この先には長い廊下と扉が二つあり、その先が玉座の間になっている。


(前に来たことがあるのですか?)

(その通りだ)


 ルルの考えているように、前の時間軸で一度だけ来たことがある。だがあの時とは状況が違う。何より皇帝は今の皇帝とは違い⋯⋯


「臭いな。どこからかゴミの匂いがするぞ」


 突然俺達の背後から一人の青年が現れた。

 金髪の髪を靡かせた長身の青年は、上から目線で俺達を見下した発言をしてくる。


「なんだお前⋯⋯」


 ザインが青年に向かって口を開こうとしていたので、口を塞ぐ。

 


「衛兵達よ。神聖なる我が城に物乞いがいるぞ」

「皇子、こちらはフリーデン王国の方々です」

「それなら物乞いで間違っていないではないか」


 相変わらず傍若無人な奴だ。

 この男の名前はルドルフ。スロバスト帝国の第一皇子だ。

 冷徹で自分勝手、他者を敬う心など一切持たず、王国を混乱に陥れた内の一人である。


「ルドルフ皇子、今は急ぎ皇帝陛下の元へと向かわなければなりません。他国の者など放っておきましょう」


 そしてルドルフの背後からさらにもう一人現れた。

 鋭い目付きを持つ中年の男は、帝国の宰相であるデュケルだ。


「そうだな。このような者達に時間をかけることなど無駄の極みだ」


 そう言い残してルドルフとデュケルは、リリシアが向かった方向へと向かうのであった。

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