第25話 水差しの秘密

「綺麗な泉ですね。飲んでも大丈夫でしょうか?」

「大丈夫じゃないかな。古文書には、神殿の裏手にある水はとても美味しいと書いてあったぞ」

「本当ですか?」


 リリシアは泉の水を手ですくって飲み始める。

 光が射し込む森の中で、泉の水を飲む美少女⋯⋯あまりにも絵になりすぎて、思わず目を奪われてしまう。

 だがそれは一瞬のことで、すぐにルルによって現実に引き戻された。


(何を考えているのですか? 今の王女を見て子作りでもしたいと思いましたか? これだから人間の雄は)

(べ、別に変なことを考えていた訳じゃない。綺麗なものに見とれるのは雄も雌も同じはずだ)


 思考を読まれるのも考えものだな。しかも間違った解釈をされて冤罪をかけられたし。


(冤罪ではありません。それよりこの泉にはどのような秘密があるのですか?)


 変なことを言い出したのはルルじゃないか。俺は仕返しではないが、この泉の秘密を考えないようにする。

 すると突然首筋に痛みが走った。


(こ、この猫⋯⋯噛みついてきたぞ。こうなったら絶対に泉の秘密を教えてやらない)

(セレスティア様の神獣である私に逆らうのですか? では全てを切り裂く私の牙を、もう一度食らいなさい)


 だがその全てを切り裂く牙が、俺の首に食い込むことはなかった。


「フニャッ!」


 ルルの猫っぽい声が周囲に響き渡る。どうやらリリシアがルルを抱き上げたようだ。


「ルルちゃん噛んだらダメですよ」

「ニャ、ニャー⋯⋯」


(た、助けて下さい!)


 ルルが心の叫びで救出を求めている。

 だが誰が噛みついてきた猫を助けるものか。


「ルルちゃんもお水を飲みますか? 美味しいですよ。それに気のせいかも知れませんが、身体の中の良くないものを綺麗にしてくれているように感じます」


 さすがリリシアだ。この泉の水はセレスティア様の祝福を受けているから、ただの水ではない。


(セ、セレスティア様の祝福ですか!? 仕方ありませんね。私も飲んであげましょう)


 ルルはセレスティア様の祝福があるとわかると、一心不乱に泉の水を飲み始める。

 お腹が冷えて痛くなっても知らないぞ。

 しかし俺の心の声はルルには届いていなかった。


「それじゃあリリシア。手を出してもらってもいいかな?」

「こうですか?」


 俺は手に持った水差しを傾ける。

 すると水が出て来て、リリシアの手を濡らす。


「えっ? ユート様は泉の水を汲んでいませんよね?」

「これがこの水差しの秘密なんだ。飲んでもらってもいい?」

「わ、わかりました」


 リリシアは驚きながらも、水差しから出た水を口に含む。


「美味しいです。それと私の勘違いでなければ、この泉と同じ味だと思うのですが」

「リリシアは良い舌を持っているね。実はこの水差しは泉と繋がっていて、ほぼ無限に水を出すことが出きるんだ」

「すごいです⋯⋯これは旅をする時に重宝されますね」


 まあ普通ならリリシアのように考えるのが普通だ。だけど俺は違う使い道も考えている。しかしそれには準備が必要なため、今はまだその時ではない。


「それじゃあそろそろ帰ろうか」

「そうですね。日が暮れる前に街へ戻りましょう」


 俺達は来た道を引き返し、ヴォラリヒトの街へと向かう。その際にリリシアは何度も手に入れた剣を眺めたり、素振りをしていた。どうやら剣を気に入ってくれたようだ。

 そして夕方前にザインが待っている宿屋へと到着するのであった。

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