第13話 リリシアの苦悩

 ◇◇◇


 夜が更ける中。俺は自分の寝床を離れ、ある人の元へと向かう。

 さすがにこの時間は冷えるな。

 夜空には満月が神々しく輝き、かろうじて視界が確保出来ている。

 普通ならこのような時間に人を訪ねることなどしない。ましてや相手は女性だ。

 だけど明日は敵の本拠地に乗り込むため、悔いは残したくない。

 俺は夜風が吹く中、仲間達から離れた場所へと足を向ける。

 すると周囲に誰もいない所で、焚き火にあたりながら瞳を閉じて座っている女性の姿が目に入った。


「だれ!」


 俺が近づくと、女性は横に置いてあった剣を構え、一瞬で臨戦態勢を取る。


「リリシア俺だ」

「ユートですか⋯⋯」

「さすが歴戦の剣士だ。気配を消していたつもりだったが気づかれてしまった」

「驚かすのは止めて下さい。それで何の用ですか?」

「決戦の前に、一度ちゃんと話をしたくてな。背中を預けて戦うことはあっても、こうやってゆっくり話す機会は今までなかったろ」

「そのようなものは必要ありません。私達に必要なのは、明日の戦いで全ての敵を殲滅することだけです」

「確かにそうかもしれないけど⋯⋯一つだけいいか?」

「⋯⋯どうぞ」

「リリシアは明日の戦いで死ぬ気だろ」

「⋯⋯」


 やはりそうか。沈黙は肯定の証と言うしな。


「そんなことユートには関係ない」

「関係あるさ。出会ってからの一年。幾度となく共に敵を倒してきた仲間じゃないか。以前から言っているけど、リリシアの戦い方は自分が傷つくことより相手を殺すことを優先している」


 実際にリリシアの身体は傷だらけだ。

 片眼は潰れ、頬には剣で斬られた跡が残っている。その他にも手や足、首などにも傷跡があり、おそらく服で隠れた所も同じなのだろう。


「これまでは良かったかもしれないけど、そんな戦い方だと死ぬぞ」

「別に構わないわ⋯⋯明日の戦いで勝つことが出来れば、私の命なんてどうなってもいい」

「勝つだけで終わりじゃない。俺達の人生はその後も続くんだ」


 俺は嘘をつく。

 残念だけど明日の戦いに勝った所で、人類は滅びる可能性が高い。既にこの世界で生きている人達は僅かだし、田畑は荒れて食糧もなく、ウイルスも蔓延しているから、すぐに死が迫ってくることは間違いない。

 おそらくリリシアもそのことはわかっているのだろう。


「人生ですか⋯⋯仮に生き残ることが出来ても私には生きる理由がありません。お父様やお母様、お兄様は死んでしまいました。フリーデン王国もありません。それに女としての幸せを手にすることも出来ない私は、生きていても意味がありません。生きる意味があるとすれば、私を地獄に落とした者達を裁くことだけです」

「生きていても意味がないって⋯⋯」


 前からわかっていたけど、リリシアの中にあるのは復讐心だけしかない。一国の王女にここまで思わせるなんて、どれ程壮絶な人生を送ってきたか想像できないな。


「これを見て下さい」


 リリシアが突然服を脱ぎ出し始めた。


「えっ? ちょっと! 何を!」


 どどど、どういうことだ! 何で服を脱いだのか意味がわからない!

 目の前には衣服を何も纏っていないリリシアがいる。正直何を考えているのかわからないが、見るわけにはいかないので俺は慌てて目を閉じる。


「ユートお願い⋯⋯目を開けて」


 目を開けろって⋯⋯もうどうなっても知らないぞ。リリシアから切実な想いを感じたのでゆっくりと目を開くと、背を向けているリリシアの姿が見えた。

 初めは本当に見てもいいものかと細目だった。だけどある場所が目に入ると、その部分を注視してしまう。


「その火傷は⋯⋯」


 そう⋯⋯リリシアは腰から背中にかけて酷い火傷を負っていたのだ。

 そして火傷以外にも至る所に傷跡があった。


「これは幼い頃に火事に巻き込まれた火傷よ」

「⋯⋯」


 何て答えればいいのかわからない。妙齢の女性に取っては、認めたくないものだということはわかる。


「それとユートも知っての通り、私は

「でもそれは濡れ衣だったんだろ?」

「ねえ⋯⋯どうして私が皆から離れて寝ているかわかる?」

「いや、わからない」

「寝ている時に殺されないためよ。帝国からの刺客に昼夜問わず襲われていたから、近くに人の気配があると休むことが出来ない身体になっちゃったの」


 俺の気配に気づいたのはそのためか。四六時中気を張っていなければならないなんて、常人なら堪え難いことだぞ。


「私ね⋯⋯こう見えても昔は、お嫁さんになるのが夢だったの。だけど人の命を何人も奪い、ただでさえ火傷があって⋯⋯傷だらけの身体になった私を好きになる人なんていないでしょ。だから自分が叶えられなかった幸せを他の人に叶えてもらうため、私は命をかけて戦う⋯⋯の⋯⋯」

「でもそんな自分に納得してないだろ?」

「そんなこと⋯⋯ない⋯⋯」

「それならその目からこぼれ落ちているものはなんだ?」

「これは⋯⋯あなたのせいです! 拒絶しているのに私の心をかきみだして⋯⋯」


 リリシアの目から涙がこぼれ、地面を濡らしていく。


「ユート⋯⋯何で私が裸を見せたかわかる? 未練を断ち切るためです。火傷や傷だらけの身体を見れば、お前みたいな奴を好きになるはずがないって⋯⋯ユートに⋯⋯ユートにそう言ってもらえれば、明日私は全てを捨てて、ただ勝つためだけに戦うことができる」


 この娘は何て悲しいことを言うのだろうか。だけどリリシアは初めて俺と向き合ってくれている。それなら俺も嘘偽りのない言葉を返すだけだ。


「わかった。リリシアが望むなら俺の本心を伝えるよ」


 リリシアへとゆっくり歩みよる。


「あっ⋯⋯」


 前を向かせ、両肩に手を置くとリリシアは微かに声を上げた。そして恥ずかしいのか、それとも答えを聞きたくないのか、俺から視線を離す。


「リリシア⋯⋯」


 この王女様には口で言っても伝わらないかもしれない。だから行動で語らせてもらう。

 

 俺はリリシアの口に自分の口を重ねる。


「んっ⋯⋯」


 するとリリシアは予想していなかったのか、目を見開き驚いた表情をしている。だけど受け入れてくれたのか、ゆっくりと目を閉じていた。

 そしてどれ程の時間が経ったのかわからないが、俺はゆっくりとリリシアの唇から離れる。


「リリシアのことが好きだ」

「うそ⋯⋯いいの? 私こんな身体だけど⋯⋯」

「俺はリリシアの容姿だけに惚れた訳じゃない。信じてもらえないならもう一度行動で示すしかないな」

「わ、わかりました。ユートの気持ちを信じます」


 残念。ここはまたキスをしたかったからゴネて欲しかったぞ。


「明日は俺のために戦ってほしい。未来を掴むために必ず勝とう」

「はい⋯⋯はい⋯⋯」


 そして満月が照らす光を浴びながら、再び涙を流しているリリシアを抱きしめ、俺達は翌日に最後の戦いへと向かうのであった。


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