第12話 猫が好きな人に悪い人はいない

 俺は白金貨を国王陛下に渡した後、玉座の間を退出した。

 そして今日は王城に泊まっていいとのことだったので、リリシア王女と共に、門の前で待っているザインの元へと向かっている。


「お仲間の方もいらっしゃったのですね」

「はい。ですがリリシア王女を見た瞬間、口説いてくるので気をつけて下さい」

「何ですかそれは」


 リリシアは俺が言っていることが冗談だと思っているのか、クスクスと笑っている。


「そしてユート様。改めて多額のお金をフリーデンに献上していただき、ありがとうございました」

「先程もお伝えしましたが、賭けで得たお金ですので気になさらないで下さい。それと確認なのですが、これでリリシア王女は婚姻を結ばずに済むのでしょうか」

「はい。現状これだけのお金があれば、帝国に頼らなくても大丈夫なはずです⋯⋯それにたぶん私が帝国に行っても、婚姻は破棄されると思いますから」


 リリシアはボソッと呟いたが俺には聞こえていた。そして婚姻を破棄される理由も俺は知っている。


「話は変わりますがユート様。敬語は不要です。それと私のことはリリシアとお呼び下さい」

「わかった」

「えっ?」

「どうしたの?」

「いえ⋯⋯簡単に受け入れていただいたので、すこし驚いてしまいました」


 まあ前の時間軸でも同じ様なやり取りがあったからな。あまり王女として扱われるのは好きじゃないって言ってたし。


「でも自分で言うのもなんだけど、初めて会った男とそんなに仲良くしてもいいの?」

「う~ん⋯⋯初めて見た時から、なんとなくユート様は信用出来る人だってわかっていました」

「それ本当?」

「はい。優しくて見た目以上の落ち着きを感じますし⋯⋯」


 実際には二十二歳だからな。リリシアはなかなか鋭いことを口にする。


「とても綺麗な瞳をされていますが、どこか深い悲しみがあり、そして辛い体験を乗り越えてきた意志の強さがあります」

「はは⋯⋯俺は別に辛い体験なんかしたことないよ」

「そうですか⋯⋯すみません。私の直感なので気になさらないで下さい」


 驚いたな。ほとんど当たっているじゃないか。偶然かもしれないけどリリシアにはこんな力もあったのか。


(この子には気をつけて下さい。元カノだか何だか知りませんが、うっかり未来の記憶があるなんて口にしたら、おかしな人だと思われてしまうかもしれません)

(わかってるよ。それより⋯⋯白金貨の件は何も言わないんだな。てっきり私のご飯のグレードが下げるのは許しませんよくらい言われるかと思っていたよ)

(⋯⋯そんな浅ましいこと言えますか)


 賭け馬で当てた時はそんな浅ましいことを言ってたけどな⋯⋯まさか⋯⋯


(思考を読んだのか?)


 ルルは否定の言葉を発しない。リリシアを見た時、その結末を思い浮かべてしまった。

 だからルルは何も言わないのだろう。リリシアはこの後壮絶な人生を歩むことになるからな。

 俺とルルの間で何とも言えない空気が流れてしまう。

 ルルは俺に気を使っているようだが、何を言えばいいのかわからない。

 そんな空気を打ち破ったのは前を歩くリリシアだった。

 突然足を止め、こちらをジッと見てくる。


「実は初めて会った時から気になっていたんです」


 リリシアはどこか恍惚とした表情をしていた。

 どうしたんだ? こんなリリシアは見たことないぞ。

 だがその理由はすぐにわかった。


「その猫ちゃん⋯⋯とっても可愛いですね!」

「あ、ああ⋯⋯」


 リリシアが息が届くくらいの距離に接近してきた。


「ユート様は猫ちゃんが好きなのですか?」

「まあ⋯⋯」


(そこは大好きです。俺はルル様の下僕ですと答えて下さい)

(嫌だよ。それと神獣じゃなくて猫でいいのか?)

 

「やっぱり! 猫ちゃんが好きな人には悪い人はいませんからね」

「えっ?」


 さっき俺のことを信用出来るって言ってたのは、ルルが肩に乗っていたからなのか?

 何だかリリシアの直感が信じられなくなってきたぞ。


「この猫ちゃんのお名前を教えて下さい」

「ルルって言うんだ。気まぐれでプライドが高いから⋯⋯ぎゃあっ!」

「ユート様どうされましたか!?」

「いや、何でもない」


 ルルの奴、肩に爪を立てて来やがった。これは血が出ているんじゃないか。


(私に無礼な口を開くからですよ。気になるならお得意の回復魔法で治したらどうですか? )


 この猫⋯⋯後で覚えてろよって考えても読まれてしまうんだよな。どうにか考えを読まれずにお仕置きできないだろうか。

 だが復讐の機会は意外に早く来た。


「ユート様、猫ちゃんを触ってもよろしいでしょうか?」

「いいよ。嫌がる素振りを見せるけど本当は喜んでいるから気にしないで」

「はい!」


(ちょ、ちょっとあなた! 何を⋯⋯)


 ルルは反論しようとするが、時既に遅し。

 リリシアは素早い動きでルルを抱き上げる。


「この毛並み、クリッとした目⋯⋯とても可愛いです」

「ふにゃっ!」


 ルルはリリシアさんに頬擦りされている。何とか逃れようとしているが、しょせんは猫のため、されるがままだ。


(ユート! 私を助けなさい!)

(いや、無理だろ。あの目を見ろ)


 リリシアの目にはハートが映っており、完全にルルに魅了されているのがわかる。

 俺としても幸せそうなリリシアを止めるのは忍びない。


(この裏切り者!)

(肩に爪痕を残した罰だ)


 俺はリリシアがルルと戯れている姿を、少し離れた位置から眺めるのであった。

 それにしても芯となる所は変わっていないけど、前の時間軸とは本当に別人だな。

 リリシアといると、どうしても五年後のことを思い出してしまう。

 そう⋯⋯あれは最後の決戦に行く前夜の出来事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る