第6話 旅立ちの日

「倒した⋯⋯のか⋯⋯」

「ああ。見ての通りだ」

「骸骨女は白い光を食らったら苦しそうにしてたが、あれはなんだ?」


 いきなり魔物が消滅したんだ。気になるよな。

 これから長い旅をするザインには素直に話すしかないだろう。


「さっきのは傷を治す魔法なんだ」

「傷を治す魔法だと⋯⋯そんな魔法聞いたことねえぞ」

「信じられない話だけど本当のことだぞ」

「だがそれで魔物が消滅するなんておかしくないか?」

「そう言われても結果は見ての通りだからな」


 理解してもらうためには、生命の力や死の力の説明から入らなきゃいけないから、適当に濁しておこう。


「つい先日突然使えるようになったんだ。誰にも言うなよ」


 回復魔法のことを知られれば、俺の自由はなくなるだろう。然るべき時に公表するつもりではあるが、今はその時ではない。


「しかたねえな」


 さすがのザインも、回復魔法が使える意味がわかっているのか、俺の言葉に同意してくれたようだ。

 そして俺はネクロマンサーエンプレスが消滅した場所に視線を向ける。

 するとそこには黒い光を放つものが見えた。


「何だそれ? 綺麗な石だな。まさか宝石か?」

「魔物が持っていたのかな。もらっておくか」


 倒すと宝石になる。その強さは十ある硬度の内、数値が高い宝石程強力だという証明になるのだ。ちなみに今拾った宝石はブラックオパールで、硬度は六だ。

 今回は回復魔法でダメージを与えるという裏技を使ったから倒せたが、今の俺達では硬度六の魔物もまともに倒すことは出来ない。

 前の時間軸の経験からいって、硬度八以上の魔物はまさに化物といった強さだった。

 これからもっと実力をつけなければ、待っているのは死だけだ。


「最近各地で見たことのない魔物が出現しているらしいな。今回の魔物もそうなのか?」

「さあ?」

「お前はどうしてここに魔物がいるってわかったんだ?」

「何となく嫌な予感がして。一人で勝てるかわからなかったからザインにも来てもらったんだ」

「本当ひでえ話だよ。俺は魔物と戦う気なんてねえからな」

「それは困る」


 女好きでどうしょもない奴だが、その強さは本物だし、信頼出来る友人で、世界を救うためには必要な人材だ。


「はあ? まさかお前、魔物を倒すために旅に出るつもりか?」

「そのまさかだが」

「そんなの一人で行ってくれ。俺はここで面白おかしく暮らすんだ」


 やはり断ってきたか。前の時間軸ではヴァルトベルクの村が滅亡したから、強制的に旅立つしかなかった。

 だがその答えは想定内だ。お前と何年一緒にいたと思ってるんだ? 俺にかかれば、ザインを旅に出させることなんてわけない。


「魔物を倒せば今回みたいに宝石が手に入るかもしれないぞ? 昔金持ちになりたいって言ってなかったか」

「そんな夢もあったな」


 ザインは淡々と答える。もうその夢はなくなったみたいだ。


「あまり言いたくないが、ヴァルトベルクは田舎だ。外の世界ではまだ見ぬ美女が待ってるんじゃないか?」

「そ、それは⋯⋯」


 先程の金持ちになるという夢とは違い、明らかに動揺していた。


「魔物に襲われて困っている美女を助ければ⋯⋯この先は言わなくてもわかってるよな」

「し、しかたねえな。俺も一緒に行ってやるよ」


 言葉では嫌々といった感じだが、美女を助けたことを思い浮かべているのか、顔はにやけていた。

 単純な奴め。だが扱いやすくてこっちは助かる。


「ユート何やってんだ! 早く旅支度をするぞ!」

「わかったわかった。ルル」


 俺はルルに肩に乗るよう促す。

 するとルルは軽やかに飛び上がり、俺の肩に着地する。


「なんだ? お前猫を飼ったのか?」

「今気づいたのか」


 おそらくザインは墓場で待っている女の子が気になっていて、ルルのことが目に入らなかったのだろう。


「まあまあ可愛い猫じゃん」


 ザインはルルを撫でるため、頭に手を伸ばす。


「シャー!」


 しかしルルに威嚇され、ひっかき攻撃を放たれる。


「おっとあぶねえ。この猫、とんだじゃじゃ馬だな」


 ザインの反射神経が勝っていたのか、軽く爪攻撃をかわす。

(私、この人嫌いです。セレスティア様の神獣である私に触れようなど一万年早いですよ)

 どうやらルルはザインのことがお気に召さないようだ。

 これから長い旅になるから出来れば仲良くして欲しいのだが。


「ニャー! ニャー!」

「おっと甘いな」


 だが俺の思いとは裏腹に、ルルは再びザインに向かって攻撃し始めるのだった。


 そしてネクロマンサーエンプレスを倒した翌日


 俺は旅支度を済ませて、ルルとザインと共に自宅の前にいた。


「気をつけていってらっしゃい。辛くなったらいつでも帰ってきていいのよ」


 旅に出る俺達を母さんが見送ってくれている。

 母さんには昨晩ヴァルトベルクを旅立つことを伝えた。突然のことだったし、母さんは少し子離れ出来ていないから反対されるかと思っていた。

 だけど俺の予想は外れ、「もうあなたも十七歳なんだから、自分のやりたいように生きなさい。ただし人に迷惑をかけちゃだめよ」と言われただけだった。


「王都にはここより娯楽があるからって、羽目をはずさないように」

「わかってるよ。もう子供じゃないんだから」


 俺達はまず北西にある王都、バルクシュタインを目指すつもりだ。


「子供じゃないから心配なのよ」


 母さんの心配する気持ちもわからなくもない。王都は薄着で接客してくれる大人の店が多いからな。


「そこは俺に任せてくれ! ユートをちゃんと監視するからよ」

「ザインくんがいるから心配なのよ」


 母さんもよくわかっている。

 一番誘惑に負けそうな奴が言っても何の説得力もない。


「おばさんそりゃひでえよ」

「私は事実を言っただけよ。ユートを悪い道に引き込んだら一生許さないから」

「わ、わかりました」


 母さんがネクロマンサーエンプレスに負けない殺気を放つ。するとザインは声を振るわせながら頷いていた。


「それじゃあ行ってきます」


 俺は母さんと軽く抱擁をかわし、自宅を離れる。

 これは世界を救う旅であり、友人や仲間、恋人を救う旅でもある。

 俺は二度と悲劇を繰り返さないため、まずは王都であるバルクシュタインへと足を向けるのであった。

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