第19話 李梅のアジトにて③


「ふぅ、危なかったわ。あなたに気を取られて背後に気付かないなんて、初歩的なミスをするのね」


 李梅は、気絶した久院からスマートフォンを持ち上げると、その画面を見た。

 動画のロード中のようだ。なんの動画だろうか、ひょっとして、重大な機密情報かもしれない。

 パスワードによるロックを防ぐため、画面を閉じずに王野をの方を見た。


「ふふ、まるでもう、部下が全員やられてしまったという顔つきね」


 初めから敵うはずがない。そもそも、自分たち神龍テクノロジーズがネクサクオンタムにしてやられたのは、伝説のスパイ──紫閃結芽のせいだ。

 あいつさえいなければ、こんな奴らなどわけないのだ。現にそれを、自らの手で証明した。


 李梅は「王野といったかしら」と、スタンガンを眼前に向け、


「ネクサクオンタムの機密資料を渡しなさい」


 奴らの開発途中にある、二足歩行型アンドロイドの製造書類。ネクサクオンタムの技術力の結晶といえるだろう。これが、これさえ手に入れば、神龍テクノロジーズは中国のトップ企業に名乗りを上げられることだろう。


「口頭でもいいわよ、今話せば命だけは助けてあげるわよ」


 無論、嘘。

 王野など生かしておく理由はない。情報さえいただいてしまえば、速攻で海の藻屑になってもらうつもりだ。


「……中国人はせっかちだから、急いだ方がいいわよ」


 かちり。


 その時だった──鍵の開く音がしたのは。


「──ッ!?」


 すぐさま背後を振り返る。

 ぎぎぎ……と、ゆっくりと扉は開いていく──そんなばかな、この部屋の鍵は自分しか持っていないはずなのに。


「まだ、仲間がいたのね」


 李梅は、なるべく動揺を包み隠しながら扉の奥に立つであろう人物に呼びかけた。

 誰が来ようと、こちらには人質も味方もいる。今更一人で立ち向かってきたところで、無駄なことだ。


「ふふ、無駄なことを──」


 扉が開ききった。

 薄暗い廊下から姿を現した彼女は、最初はよく見えなかった。

 つかつか、と足音を鳴らしてこちらに近づいてくる。

 少しずつ影が晴れて、その姿を明るみにだした。

 どこの誰が来ようと、関係はなかった。

 恐れるつもりなどなかった。

 等しく始末してしまうだけのこと。

 それだけだ。


 ただ、一つの可能性を除いて。


 絶対にあり得ない。

 あってはならない。


 あり得てはならない。


 全ての可能性を考慮した。


 自分たちの組織の中から裏切り者が出た──その方がまだマシに感じられる程の。

 特段に信じられない。


 なぜ、信じられないのか。


 そこにいた彼女は、李梅自身もよく知っていた人物だったからだ。



 その扉から現れたのは。

 その部屋に現れたのは。




「──野窓、若葉」



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