第18話 李梅のアジトにて②


 久院のスマートフォンが鳴った。

 今は王野救助への行動中だ。

 無視してやろうと思ったが、相手は兵頭だった。


「──もしもし」


 彼女は若葉の護衛中、公園で神龍の殺し屋に撃たれて気を失っていた。先程、目を覚まして電話をしてきたのだろうし、それに容態も気になった。


『あ、久院さん……』


 若葉の護衛をやり通せなかったことに後ろめたさがあるのか、その声色にはやや申し訳なさを感じた。


「兵頭、撃たれた所は大丈夫ですの?」

『撃たれた?なんのことです?』

「え?」


 疑問を疑問で返す。


「あなたあの時、殺し屋に──」

『撃たれてはいませんよ』

「じゃ、じゃあなんで、気を失ったの?」

『えぇ、それが、不可解なんです』


 何やら含みのある言い方だった。今は急いでいるのだから、早く結論が知りたかった。兵頭との話は後回しにして、このまま電話を切ってやろうかとさえ思った。


『先程、病院で尿検査をしたんですが、睡眠薬が検出されたんです』

「睡眠薬……?」


 兵頭は撃たれたのではなく、睡眠薬で眠らされた?いったいなぜ?

 まさか殺し屋が、実銃ではなく麻酔銃を……いや、その可能性は低い。奴らの目的は若葉を消すこと。そのために雇われた殺し屋が、殺傷力のない武器をわざわざ持ち歩くだろうか。


『それから、食堂で若葉さんとの会話中に眠らされた岸ですが、彼女からも同じ睡眠薬が検出されました』


 ますます分からない。


「睡眠薬?いったいなぜ」

『おそらく、神龍の手先にやられたのかもしれません』


 わざわざ眠らせているのだろうか、神龍は案外、不必要な殺しはしない慈悲深い組織なのかもしれない──と、ありえない空想にふける。


「けど、奴らが彼に接触するタイミングはなかったはずよ」

『それからもう一つ、とある決定的な瞬間を監視カメラにとらえました』

「決定的な瞬間?」

『ええ、それもネクサクオンタムの廊下内で撮影された映像です』


 兵頭にしては、焦らす言い方だ。


「もったいぶらなくていいわ」


 久院はぴしゃりと言い放つ。


「早くその映像を、送って」

『わかりました。すぐに送ります』


 電話を切ると、兵頭のチャットから動画が送信されてくる。すぐさま再生しようとする久院だったが、通信中の表示がくるくると回転するばかりで、一向に再生される様子がない。


「くっ、こんなことならスマホの通信量をケチるんじゃなかったですわ」


 貧乏性の自分を恨む。


「──っ!」


 ぴこん、とGPSが反応を示す──王野はこの近くの部屋だ。

 薄暗い廊下の扉を見渡す。鉄板のように分厚い扉に近づくと、反応が大きくなった。

 ドアノブを掴み、ゆっくりと押す。鍵はかかっていなかった。


「久院ちゃんっ!」


 扉を開けた先には、がんじがらめに縛られた王野の姿があった。


「王野さん、すぐに助けますわよっ!」

「ダメだ久院ちゃん!これは罠──」


 ばちんっ──王野が言い終わる前に、久院の首筋に多量の電気が流し込まれた。

 久院は一瞬にして気を失い、その場で倒れた──その姿を見下ろすのは、スタンガンを持った李梅だった。


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