第7話 とあるビルの屋上にて


『はっぴぃはっぴぃはっぴぃ〜!』


「……」

「……」

「……」


『はぴはぴはっぴぃはっぴぃ〜!』


 PCの画面には、軽快なリズムに合わせて、両手をパタパタと振る浴衣姿の若葉の姿が流れていた。背景が旅館のような場所なので、宴会芸か何かだろう。


『はっぴぃはっぴぃはっ──』


 スクリーンを李梅の銃弾が貫き、動画の再生が止む。


「素晴らしい情報だわ、まったく」


 李梅は苛立たし気に硝煙を吹き消すと、黒い煙を上げるPCを睨みつける。


「王野のヤツ──若葉を餌にして、私たちを誘き出したというわけね」


 壊れたPCからUSBを引き抜くと、ぐしゃりと踏み潰した。


「いいわ。そういうことなら、直接対決してやろうじゃない。あんたたち」


 李梅の目線が、部下たちに向く。


「王野を捕えなさい。くれぐれも、殺さないようにね」

「「はいっ!!」」


 ここまでコケにされて、李梅とて黙ってはいられない。データから情報が得られないなら、王野に直接、聞き出すまでのこと。


「生き残るのはネクサクオンタムじゃない。神龍テクノロジーズよ。それに──」


 李梅は夜空を見上げる。


「──紫閃結芽なき今、ネクサクオンタムは脅威ではないわ」


 あの『悪魔』の名前を口にする。


 紫閃結芽。

 日本一の諜報員と呼ばれた彼女。

 フリーランスとして活動する紫閃結芽の破壊工作によって、かつて神龍テクノロジーズは壊滅寸前にまで追い込まれた。


 仲間ヅラ引っ下げて我が社に忍び込み、彼女たった一人で重要機密を奪い取った。奪われたデータはライバル社にばらまかれた挙句、不祥事は暴かれ、しまいには社長の辞任にまで追い込まれた。


「今に見てなさい、ネクサクオンタム」


 紫閃結芽に破壊工作を依頼したのは他でもない。ネクサクオンタムだった。


 神龍テクノロジーズの半壊後、紫閃結芽は忽然と姿を消し、今もその目撃情報は知らされていない。

 噂によれば、金銭に不自由することがなくなったので、引退して隠居しているそうだという。


「奴らには、完膚なきまでに消えてもらうわ」


 今回の諜報目的はネクサクオンタムの開発したAI搭載型自立二足歩行アンドロイドの機密資料だ。


 この資料が手に入れば、神龍テクノロジーズは再びかつての栄光を取り戻すだろう。

 そして、シェアを奪われたネクサクオンタムは壊滅的な被害を被るだろう。

 そう──これはかつての、復讐でもある。李梅はそう信じていた。


「さあ、王野を拉致するわよ。それから、わかっていると思うけど──」


 破壊されたPCに背を向け、ネクサクオンタムのビルを睨む。


「──野窓若葉を消しなさい。奴は我々のことを知ってしまった。見つけ次第、射殺よ」


 夜を照らすビルの光は、風前の灯のように思えた。

 こんな小さな火など、すぐに吹き消してやる。


 夜闇に照らされた李梅の微笑みは、一層薄気味悪いものとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る