第6話 路地裏にて③


「痛ッ──」


 李梅の拳銃が、宙を舞った。

 続いて暗闇から鳴り響いた銃声は、若葉の両脇に立つ女二人を撃ち抜く。


「くそっ……だ、誰だ!?」


 李梅は乱暴に舌打ちし、拳銃を拾おうとする──


「抵抗はよしなさい」


 ──が、拾おうとした拳銃は、乾いた音を立てて足蹴にされる。くるくると横転しながら、古い自販機の隙間に入っていった。


 李梅が顔を上げた時、月明かりがその人物を眩しく照らした。

 絹のようにさらさらな金髪。

 彼女の立ち振る舞いを見て、恐れをなしたのか、李梅は「逃げるわよっ!」と合図を飛ばすと、袖から鉤爪のついたロープを吐き出した。鉤爪は建物のてっぺんを引っ掛けると、ひゅるるっと彼女の体を飛び上がらせた。


「あっ、待ちなさ──」

「久院ちゃん。追う必要はないよ」


 久院と呼ばれた金髪の女性を呼び止める声。


「で、ですが」

「なあに、心配いらないよ」


 朗らかな口調。

 へらへらとした態度。

 漆黒のコートを纏う女たちを掻き分けて現れた人物には、若葉自身にもよく見覚えがあった。


「王野、部長……?」


「さっきぶりだね、野窓ちゃん」


 普段なら親しみやすさを覚えるその表情は、月光に照らされていたためか、随分と薄気味悪いものに映った。


「あの、これは、どういうことなんですか?」

「混乱しているようだね」

「当たり前です。全然ついていけてませんよ。どういうことか説明してください部長」


 王野は「そうだね、まずは──」と呑気につま先を鳴らす。


「──私の本職は総合事務部の部長じゃない。普段君が目にしているのは、仮の姿だ」

「と、言いますと?」

「こう言う時は、格好つけた方がいいんだったかな」


 王野は月明かりを背景に、しゃきーんっとポーズを取った。


「私の正体は、ネクサクオンタムの企業救出課のリーダー。王野昌美だ」


 ぽかーん、と若葉の口がアホっぽく開いた。


「企業救出……課?聞いたことないです」


「まあ、簡単に言えば、ネクサクオンタムの裏工作やスパイ活動──つまりは李梅のようなヤツから防衛するために、秘密裏に動く課のことだよ」


 銃口を構える李梅の姿を思い出す。

 佐藤真希という偽の名前を使い、若葉に親しげに近寄ってきた。それは全て、ネクサクオンタムの機密資料を奪うことにあった。


「そうでした、王野部長、大変なんです、その──」


 若葉は申し訳なさそうに口を開く。


「──真希、じゃなかった。李梅からデータを奪われてしまったんです。あの、秘密のアンドロイドの、人型の!」

「落ち着いてよ。二足歩行型アンドロイドでしょ?」

「そうです。このままでは、李梅たちの神龍テクノロジーズの手に……!」

「心配いらない」


 人差し指を揺らし、得意げに微笑む王野。


「あれはスパイを炙り出すために用意した釣り餌だ」

「釣り餌……?」

「そう、ネクサクオンタムの開発部のスパイに尋問したところ、総合事務部にも誰かが潜んでいることが分かった。今回のこれは、それを見つけだすためにやったことなんだよ」


 王野は「まあ、つまり」

「先日の会話やUSBの譲渡は、神龍テクノロジーズの連中に聞かせるためにやった。あれは機密資料なんかじゃないってことだよ」

「ということは、私に預けたのは大したデータではないということですか?」

「もちろん。そんな大事な物を、君に任すはずないじゃないか」


 ここだけ切り抜けば、なんとも酷い言いようではあるが、


「はは、よかったです……」


 若葉は会社の機密が保持された、それに安堵のため息を吐いた。


「では、あのデータの中身は?」

「君が以前、飲み会の席で披露していたネタだよ」

「へ?」


 過ぎ去ったはずの冷や汗が、若葉の背中に全て戻ってきた。


「もしかしてそれ、私がめっちゃ滑ってたやつの……」

「そう、あの滑ってたやつ」


「う、うわああああああああっ!!」



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