第11話 雨の日の嘘

「ジョンさんが塔から戻って来るまで、オリバーさんはどうやって過ごしていたんですか?」


 リリーが話を戻すと、オリバーは組んでいた足を変える。そして絡ませていた両の手の親指で人差し指の側面をゆっくりとこすった。


「とにかく生きて帰る方法を考え、少しでも塔について語らなくて済むよう気をつけました。でも、厳しかったですね。日が経つにつれて、トーマスも苛立いらだってきていて、私を精神的に追い込もうとしていました。ハヤブサの件もその一つで、毎夜どんな酷いことをしているのか聞かされたのです。しかし、それでも口を割らない――といっても、本当に知らなかっただけですけれど、塔について話さない私に、トーマスは暴力を振るうようになりました」


「暴力……あの、もしかして肩を噛まれた……という話ですか? でも、あれはオリバーさんの『血が必要』とかなんだとかって、祖母は言っていましたけど……。あれ……?」


 自分で言いながら、リリーはおかしな点に気が付いた。


 祖母の話では、トーマスはオリバーの血を要求していた。

 そのことと、これまでのオリバーの話とすり合わせると「『オリバーの血があれば、塔の管理者になれる』とトーマスが思っていた」ことになる。


 しかし、オリバーには「塔の管理者になる方法」を知らなかったために、軟禁されたはずだ。

 

「話が矛盾むじゅん、してますね……」


 リリーが呟くと、オリバーはうなずいた。


「それなら、祖母かオリバーさんの話が間違っているということになるのでは……」


 祖母が自分に嘘をつくとも思えなかったが、オリバーはこの話の当事者である。きっと彼のほうが正しい。

 しかしそうであるならば、何故祖母は嘘をついたのだろうと、リリーは不安そうな表情を浮かべた。


「リリーさん、アンが話したことを整理しましょう。私、つまり『オリバーがトーマスに肩を噛まれているように見えた』というのは、どういう状況でしたか?」


 尋ねられ、祖母の話を思い出す。


「天気の悪い夜で、大雨で、雷が鳴っていたと聞きました」


「そうです。そしてあの日、私は部屋に明かりをつけていませんでした。ですから、何も見えなかったはずです」


「そうかもしれませんが、雷光であなたの姿が見えたと……」


 部屋が暗かったことは分かっている。だからこそ、祖母は雷の光で彼らの姿を見たと言ったのだ。

 しかし、オリバーは首を横に振った。


「雷光は強い光を放ちますが、一瞬です。ほとんどが一秒に満たないと言われています。それでどこまでのものが見えるでしょうか? しかもアンがこちらを見ていたのは、扉の隙間からです。彼女は、私の部屋には料理を運び込むために出入りしていたため、暗がりでも家具の配置などは分かるでしょう。しかし、どこに誰がいて、どういうことをしているのかというのを完全に知ることはできるでしょうか?」


 オリバーに問われ、リリーは視線を床の一点に集中して考える。

 言われてみれば、稲妻の光は瞬間的だ。一秒にも満たない強い光で、真っ暗な部屋に何があるのか分かるかどうか、その部屋の中の人が何をしているのか、それらは分かるものだろうか。


 リリーは暫時ざんじののちに、首を横に振って答えを出した。


「『完全に知ることができるか』と問われたら、『No』ですね。強い光だとしても、一秒にも満たない間に見たものは、普通覚えていられません。数回の稲光いなびかりで確認したのかなとも思ったのですが、祖母の話では一回の光でしか見ていないようですから、それも違うと思いました。祖母が瞬間記憶能力者なら別ですけど……」


 彼女の説明に、オリバーはゆっくりとうなずいた。


「そうですね。また、声のことも実際とは違う部分があります。アンは『声が聞こえた』と言っていたかと思いますが、大雨の中でしたからほとんど声が聞こえなかったはずです。それにトーマスは塔のことを他の人に知られることを徹底的に避けていたので、アンに会話が聞こえるようにすることはあり得ないんです」


 祖母の記憶についてはっきりと否定されたことに対し、リリーは眉を寄せ、太ももの上できゅっと拳を握った。


「だったら祖母は、何も見ていないのに『見た』と言い、聞こえないのに『血が必要だ』と聞いたということですか?」


 雷光に照らされたものがほとんど分からないというなら、「見ていない」と同義である。「見ていない」のに、何故アンはあのような話をしたのだろうか。

 また「聞こえない」はずの声や会話も、何故「聞こえる」と言い、作り上げた嘘を語ったのだろうか。

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