第10話 満月とジョン

「そう、でしたか……」


 リリーは励ましたらいいのか、「あなたのせいではないですよ」と言ったらいいのか分からなかった。どちらも正しそうで、どちらも不適切なような気がしたからだ。


 一方のオリバーは彼女の複雑そうな気持ちを察してか、それとも昔のことだからなのか、特に感傷に浸ることなく、「話を戻しましょう」と言ってペンダントをどうやって回収したのかを教えてくれた。


「私は、外にいるジョンから通信機器である鳥を通して、ペンダントを見つけるための道具を持ってきてもらいました。例えるなら、無くしたスマホを見つけるためのGPS機能が付いた、超小型機器ですね。ですから、この小さな鳥の中に持たせることが可能です」


「それも、文明が進んでいる世界で作られた道具なのですか?」


 リリーが問うと、オリバーは少し笑ってうなずいた。


「半分はYesです。技術は向こうのものですが、素材は地球にある物質を用いて作っています。鳥の通信機も同じです。できるだけ世界の干渉を少なくするためと言われています。——どうやら、私の話に慣れてきましたね?」


 微笑して問うオリバーに、リリーは親指と人差し指で小ささを示しながら苦笑する。


「少しだけですよ。まだ驚いてばかりです。——あの、もう一つ質問が」


「何なりと」


「その機械があるのなら、もっと早くその部屋から脱出できたのでは?」


 鳥の通信機を通してジョンとやり取りをしていたのなら、一往復の間に道具を届けてもらえばすぐに逃げることができたはずである。

 すると、オリバーは「ごもっともです」とリリーの疑問を尊重するようにうなずいたのち、理由を説明し始めた。


「ですが、いくつか事情がありました。一つは、『ペンダントの位置を示してくれる超小型機器が届くまで時間がかかってしまった』ことです。その道具は、塔の中にある管理者室にしかありません。ですから、ジョンにはそこまで行って取りに行ってもらわなければなければなりませんでした。もちろん私たち管理者は、塔への道順を知っていますので、いつでも迷うことなく塔には辿り着けます。しかし、塔に行くには道順が鍵になる以外に、もう一つ厄介やっかいな条件があるのです」


「それはどんな?」


「『満月』であることです」


 リリーは目を瞬かせた。


「満月ですか? まるで潮の満ち引きみたいですね」


 海が干潮や満潮となるのは、月だけではなく太陽による引力が関係している。「満月」でなければいけないというのであれば、月だけの力が作用しているのだろうかと、リリーはちらりと思った。


「確かに似ていますね。仕組みについては専門ではないので詳しいことは分かりませんが、エネルギーの問題があるとかないとか」


「そうなんですね」


「さらにジョンの性格も災いしました。満月のときにしか塔への道が開かれないということは、単純に考えると、帰るのも満月のときでなければいけないということです。要するに塔へ行ったとしてすぐにこちらへ帰ってこようとするならば、夜が明けるまでに帰らなければならないのです」


「もしかして、ジョンさんはその日に帰ってきてくれなかったのですか?」


 リリーの予想に、オリバーは苦笑し、肩をすくめた。


「ええ。ついでに、次の満月に帰って来てくれたのですが、頼んでいたものを忘れたと言うんです。そして彼はもう一度塔へ行ったのですが、その日のうちに戻ってこなかったので、約四か月待っていました」


「そんな……」


 リリーは視線を下に落とす。 楽しいことをする四か月はあっと言う間だが、嫌なことを耐え忍ぶにはとても長く感じたに違いない。


「私だったら怒っているところです。仕事なら間違いなく喧嘩になっています」


 自分の仕事での失敗に重ね、腹立たしく思っていると、オリバーは穏やかな声で言った。


「そうですね。私もジョンの奔放ほんぽうで、他人のことをあまり考えない態度に最初は腹を立てていたのですが、許しました」


 リリーはオリバーの言葉に驚いていた。


「どうしてですか?」


「のちに、当時のジョンについて他の管理者たちに話を聞くと、塔による別の問題と重なっていたというのです。要するに彼がその日に帰って来なかったのは、怠惰たいだでも、私のことを忘れていたわけでもなかったということです。それが分かったので許しました。先程も申し上げました通り、説明をするのを面倒くさがるので、本人からは事情は聞けないままでしたが」


 ジョンについて語るオリバーの表情は、優しくて、どこか楽しそうな雰囲気をまとっていた。きっと彼にとって前任者のジョンは、言葉足らずで掴みにくい人ではありながらも、オリバーのことを考えてくれる人だったのかもしれない。

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