第9話 地下室の羽と嘘

「では、地下にいた鳥というのは?」


 祖母の話の中では、「地下室には本物の鳥がいた」ことが語られている。彼女が実際に目で見て確認しているし、何より地下室に落ちていた茶色い羽も手にして戻ってきているのだから間違いないだろう。


 この鳥はオリバーとどんな関係があったのだろうか。


 リリーは少し前のめりになって答えを待っていたが、オリバーの答えは拍子抜けするようなものだった。


「あれは、トーマスが私の仲間だと勘違いをして連れてきてしまった、ハヤブサの一種です」


「え……、じゃあ、本物の鳥だったのですか?」


 リリーは目をしばたたかせて尋ねると、オリバーは複雑そうな表情を浮かべてうなずいた。


「でも、どうしてですか? その鳥は小さくて、白いですよね?」


 彼女はオリバーの手にある鳥の通信機を示して言う。

 もしトーマスが「オリバーには鳥の仲間がいる」と思ったとしても、普通は同じ種類のものを追うのではないだろうかと思ったからだ。例えば、ハトはハト、カラスはカラスといった具合である。


 その疑問に、オリバーは「おっしゃる通りです」と言わんばかりに大きくうなずくと、理由を教えてくれた。


「実は、同じ種類ばかりでやり取りをしていると、猟銃で撃ち落とされる可能性があるとのことで、ジョンからは何度か違う鳥を寄こされたんです。そのうちの一匹がハヤブサに似た通信機でした」


「トーマスはそれを見て、ハヤブサを捕まえたということですか?」


「おそらく。ただ、ハヤブサもそう簡単には捕まえられないはずなので、もしかすると誰かに狩らせたものを購入したのかもしれません。『捕まえたハヤブサを痛めつけている』とおどしに使えば、ハヤブサを解放する代わりに私が何か話すと思っていたのでしょう。実際、心は痛みました」


「そのハヤブサは関係ないですもんね……」


「はい。ですが、私も時間を稼ぐ必要がありましたから、トーマスの前ではそのハヤブサがまるで仲間であるように振舞っていました。ちなみに、私たちが使っていた鳥の通信機は、何かしらの理由で壊れた瞬間に管理者たちに通知がいくようなシステムになっていたので、トーマスが捕まえたのは間違いなく、生きたハヤブサです」


 リリーは「だから茶色い羽……」と祖母が話してくれたことと繋がり、納得しながら呟くと言葉を続けた。


「ですが、当時のオリバーさんは、祖母に地下にいるのは『大切な人』って言っていたそうですけど、どういうことか説明していただけますか?」


 するとオリバーは初めて身じろぎをし、少し言いにくそうに答えた。


「それは……、嘘なのです」


「う、嘘?」


 リリーは目を丸くした。オリバーの誠実そうな態度から、アンに対しては偽りなく話をしていたのだろうと思っていただけに意外である。


「……ええ。アンに悪いことをしてしまったと反省しているのですが、こちらの事情もからんでいたものですから、嘘を申しました」


「事情?」


 リリーが怪訝けげんな顔をすると、オリバーは申し開きをした。


「ペンダントを取り返すために、アンを地下へ追いやったのです。あの家に誰も人がいないときが中々なくて、あの日、ようやくトーマスも、彼の妻も、子どもたちも、料理人もいなくなるタイミング訪れたのです。しかし、アンだけが残っていました。もちろん、トーマスが置いて行ったのだということは重々承知していました」


 つまりトーマスは、アンを見張り役に使ったということである。

 そして彼は、「家に誰かがいる限りオリバーは部屋から出ないだろう」と高を括っていたのだろう。


「ですから、彼女をどこかの部屋に追いやるために、地下の話をしました。実際、あそこにはトーマスが勝手に連れてきた可哀かわいそうな鳥がいましたから、もしまだいるのなら助けてやらねばならないと思っていましたしね。ですが、アンが持ってきてくださった羽を見て、遅かったのだと分かりました」


 アンが地下室に行って確認したときには、すでに鳥の姿はなく、血痕けっこんと羽、そして鎖だけが残っていたことを考えれば、助からなかったと思うのが妥当だろう。


 オリバーはここまで淡々と語ってきたが、ハヤブサに関しては、わずかに苦悩の表情が見え隠れしていた。

 ハヤブサを捕まえたのも、その命を取ったかもしれないのもトーマスだが、間接的に自分が関わっていることに対してオリバーは苦しんでいるのかもしれない。リリーはそんな風に思った。

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