第7話 逃げ出せなかった理由

「オリバーさんは、彼のお願いを断ったのですか?」


「ええ。ですが、迂闊うかつでした。私と彼が出会ったのは公園だと申しましたが、そこで塔の話をするわけにはいけなかったのです。リリーさんも驚かれていた通り、不思議な場所に繋がるところですから」


「そうでしたね……」


 リリーは神妙な面持ちでうなずく。


 確かに、「異世界に繋がっているという塔の話」をするのは、公園で話すのはちょっと変かもしれない。


 しかし、変な話をする人はいるものだし、突飛な話をしていたとしても「他人は自分が気にするほど、こちらのことを気にしていない」という認知バイアスの研究もある。よって誰かに内容を聞かれたとしても、「物語のプロットです」と済ますことも可能だろう。


 だが、そう思うのは現代だからであって、六十年前は時代がそれを許さなかったのかもしれないと、リリーは思った。


「せめて、抑えた声で会話ができればよかったのですが、トーマスが大きい声で話すのです。捕まったあとで思ったことですが、彼の作戦だったのでしょう。トーマスの話し方のせいで、私は『どうしたものか』と思うことになりました。すると彼が、『うちにこないか?』と言ったのです。私はトーマスの誘いに乗りました。自分で『どこか別の場所で話しませんか?』と提案して、私の小さなアパートに押しかけられるよりはいいだと思ったからです」


「言われてみれば、押しかけられるよりはマシかもしれませんね……」


 リリーが複雑そうに同意すると、オリバーは「でしょう?」とどこか自虐的じぎゃくてきに笑った。


「彼の家へ行くと、彼の祖父から聞いたと言う塔の話をされ、最後に『管理者になるにはどうしたらいいか?』と尋ねられました。ただ、管理者になって二か月しか経っていない私には、彼を管理者にする権限もなければ、方法も知りません。そのため、『残念ですが……』と断ったところ、彼のしゃくさわったのでしょうね。『教えてくれるまで逃がさない』と軟禁されてしまったのです」


 軟禁されてからのオリバーについては、祖母の話を思い出す限り、窮屈きゅうくつな日々だったろうなとリリーは思った。

 具体的な日数は分からないが、祖母がトーマスの元で勤めていたのは春から夏にかけてである。少なくとも三か月は拘束されていたはずだ。


「そうだったのですね……。あの、すぐに逃げようとは思わなかったのですか?」


 恐る恐る尋ねると、オリバーは肩をすくめた。


「馬鹿なことに、ペンダントを取られてしまったのです。二階に軟禁されていたとはいえ、身一つだけで逃げられたのであれば、いつでも勇気をもって窓から飛び降りたんですけどね。それを回収するまでには下手なことができなかったのです」


「それでずっとあの部屋に捕まったままでいたのですか?」


 リリーは目を見張った。


「そうです」


「でも、自分の命を考えたら、ペンダントなんて放っておけばよかったのでは?」


「ブロンズでコーティングれた、円の中に二等辺三角形のあるペンダントを持っていた」としても、「どういう職業の人が持っている」かなど、ほとんどの人が分からない――そう、先程オリバーが言ったばかりである。


 それならばペンダントを放置してしまっていたら、もっと早く脱出することもできたのではないかとリリーは思った。


 彼女の問いに対し、オリバーは困った表情を浮かべると、胸の辺りを手で軽く抑える。彼はペンダントの存在を確認するように、さりげなく指を動かしながら「そうもいかないのです」と言った。


「確かに、ペンダントは誰が見ても何の意味を持つかなど知るよしもありませんが、塔のことを知っている人となると、下手に利用される可能性もありました。またペンダントには『塔の管理者』を示す以外の機能が備わっていたので、そういう理由を含めて必ず取り戻す必要があったのです」


「そうだったんですね……」


「ええ。でも、私も好機が来るのをただ待っていたわけではありません。これを使って外部との接触をはかっていました」


 するとオリバーは上着のフラップポケットから、手のひらに乗る白いかたまりを取り出す。


 オリバーはまるでマジシャンのように、次から次に身の回りから色んなものを出して見せるなと、リリーは思った。


 かたまりはよく見ると、いくつもの白い羽で幾重にも重なっているようである。


「これは……?」


 リリーが尋ねると、突然白い塊がむくりと動き出した。

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