第5話 継承
「オリバーさん、私をからかわないでください。時間は相対的であるのは確かですが、地上では、十数年という大きな差が出ることはありません。仮にそれを可能にするならば、塔の先の世界がここよりもものすごく速く動いていないないと無理なはずです。せめて光の速度の半分は出さないと……。その場合は、えーっと……確か『十年に一年程度の差』しか出ないはずですから、数十年はその場所で生活を続けないと無理ですし、もっと早く時間に差を作るには亜光速、つまり光速に近づかなければなりません。他にも細かい条件はありますけど、何よりそんな速度の出る場所なんてあるわけないのですから、オリバーさんの言っていることはあり得ないと思うのです」
光の速度は、真空の場合秒速約三十万キロメートル。一秒に地球を七周半できる速さだ。
仮にその速度で移動することができるのならば、地球で十年経っている間に、塔の先に繋がっている世界では四年半くらいしか経っていないことになる。
「おっしゃる通りです。ですが、塔の先にある世界では、間違いなくここよりも遅く時間を
そう言って、オリバーは胸ポケットから薄い革のケースを取り出し、そこからカードを出すとリリーに見せた。ドライバーズ・ライセンスである。
するとそこには、彼の氏名、住所のほかに生年月日が書いてあった。数えてみると間違いなく彼は七十二歳である。
「……信じられないわ」
リリーは彼にカードを返しながら、本音を
それに対し、オリバーは苦笑する。
「そうですよね。でも、信じられないことはこれからもっと沢山出てきますよ。——さて」
オリバーはポケットにカードをしまいながら、言った。
「塔の変わった事情については改めて話すとして、何故私が、実業家の男に
オリバーに言われて、リリーは本来の目的を思い出す。
最初からおかしな話ばかりでそちらに意識が向いてしまったが、本来は彼と祖母の話の真相について聞きに来たのだ。
リリーが居住まいを正し、「お願いします」とオリバーに言うと、彼は微笑んで自身の過去について語り始めた。
「私は今から六十年前に、塔の管理者になりました。前任者のジョンという男から引き継がれたのです。そのとき彼は
「お知り合いだったのですか?」
リリーの問いに、オリバーは少し考える仕草をすると、小さくうなずいた。
「そうですね、知り合いではありました。しかしお互い顔を知っていた程度で、親しくなったのは管理者の仕事を引き継がれたあとです」
「管理者の決め方って、そんなふうにざっくりとした決め方ですね」
リリーが驚いていると、オリバーは困った表情を浮かべる。
「後から別の管理者に話を聞いたのですが、普通はそういう決め方はしないそうですよ。ジョンが型破りだっただけです。一応、私も選ばれた理由が気になったので尋ねてはみたのですが、彼は大変掴みづらい性格の人間でして……。というより、説明するのがとにかく面倒くさがる人だったのです。そのため、私を選んだ理由は謎なままなんです」
苦笑するオリバーを見ながら、リリーは塔の管理者の条件とは何なのだろうと思った。彼の話を聞く限り、前任者である「ジョン」は変わり者のようである。それでも問題ないということは、あまり性格は考慮されないということだろうかと、リリーは思った。
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