第4話 時間の遅れ

「五十六年前に十六歳だった」ということは、今年で七十二歳になっているということだ。


 だが、それでは彼の見た目との帳尻が合わない。


 リリーの祖母であるアンは七十三歳だ。数字だけみるとオリバーとは一歳しか違わない。だが、五十代に見える彼の姿を考えると、少なく見積もっても十歳はアンより年下としか思えない。


 しかしそれもおかしな話なのだ。

 リリーは、オリバーに会った色んな驚きで忘れていたが、祖母はオリバーと会ったときのことを話した際、「見た感じが、少年から青年の間くらいの子だった」と言っていたのだ。


 少年だったとしたらアンとの歳の差は分からないでもない。しかし、祖母から語られたオリバーの態度や行動から、それほど幼かったとは考えにくい。


 どのなことをしたら、ここまで若く見えるのだろう。

 リリーは少し怖さを感じながらも、オリバーに尋ねた。


「五十六年前に十六歳だった……ということは、今年で七十二歳ですよね。あの、私にはどうしてもオリバーさんが七十二歳に見えません。五十代後半くらいに見えます。どうしてそれほど若く見えるのでしょうか? すごくいいエステのお店に通っていらっしゃるとか?」


 するとオリバーは面白そうに笑う。


「ふふふ、それはさすがに違いますよ」

「そうなんですか?」

「ええ」


 リリーが内心「それならどうして……」と思っていると、彼の目がすっと細まり、何かを見透かすような表情に変わる。

 リリーはどきりとしたが、その金色の瞳から目が離せなかった。


「リリーさんの誤解を解くために説明しましょう。私の年齢はですが、実際はその時間が経過していないのです」

「どういうことですか?」


 リリーが小首を傾げて尋ねると、彼はあごに手を当てて考えるしぐさをした。


「そうですね。リリーさんは、時間が相対的であることはご存じですか?」

「ええ、まあ……。時間は計る場所や状況によって、速く進むこともあれば、遅くなるときもあるということですよね?」


 そのときリリーは、「一般相対性理論」と「特殊相対性理論」のことを思い出していた。二十世紀を代表する、かの有名な物理学者アルベルト・アインシュタインが提唱した理論である。

 特に勉強したわけではない。物理学が好きな大学の友人がいたのだ。


 友人の名はジェシカと言い、とにかく雄弁ゆうべんで、女友達には大変好かれていた。


 理由は、友人たちの彼氏が他の女の子と浮気したり、寝たりしたことについて弁明してくるのに対し、彼女らに代わって論破していたのである。


 お陰で男には嫌われまくっていたが、話術が巧みというのはどうやら物事の説明も上手いらしい。 


 ジェシカは好きな物理学の話を、興味を惹きつけるように面白くかつ分かりやすく話すため、理系に詳しくないリリーも彼女から聞いた話を覚えていたのである。


「そうです。『重力が影響することによる時間の遅れ』もありますが、今回は『速く運動した場合』の変化を考えていただければと思います」


「時間」は、どこで計っても同じにはならない。地球上でもわずかだが差がある。


 そしてオリバーが提示したように、重力の影響がする場合と、速度が影響する場合によって時間の違いが生まれると言われているのだ。


 例えば、ニューヨークのワールドトレードセンターにある「ワンワールド展望台」にいる人と、地上にいる人の時間を比べると、重力の影響が強い後者のほうが、ほんの少しだけ時間がゆっくりと進んでいる。


 またジェット飛行機乗っている人と、乗っていない人では、速度が速い前者のほうが、僅かにゆっくりと時間が進む。


 オリバーは言葉を続けた。


「私は塔から先に繋がっている世界へ関わったがために、時間の進みが地球上よりも遅くなりました。そのため地球上で経過するはずの時間よりも短い時間しか、私の体内の時計が進んでいないのです」


 リリーは目を瞬かせたのち、彼の言っている意味が分かると少し笑った。


「時間の差」というのは、地球上での乗り物では大きな差は出ない。


 ジェット機でさえ、乗っている人と乗っていない人の差が、一秒あたり「一兆分の一秒」しかでないため、人が感知できないレベルでしか遅くならないのだ。


 リリーはそれを知っていたので、オリバーに言った。

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