第3話 地上にない塔

 リリーは彼の最後の言葉に引っかかりを覚えた。「地球上にあるとは限らない」とはどういうことだろうか。まさか、月や火星にでも塔があるとでも言うのだろうか。


 だが人類はまだ、そこに塔を築き上げるようなことはしていないはずである。わが国のベンチャー企業でさえ成しえていない。


「ちょっと、話が見えないのですが……」


 リリーは微苦笑する。

 一方、オリバーは彼女の反応は想定内だったようで、「そうでしょうとも」と言ってうなずいた。


「詳しい理論は私もよく分からないのですが、どうやらその塔が別の世界……『異界』や『異世界』と私たちは言っていますが、それらと繋がっていることが要因で、『地球上にあるときもあれば、ないときもある』という状態になるようです」


 オリバーは、分かりやすく補足してくれたつもりなのだろう。だが、リリーはもっと分からなくなって、ひたいに手を当てた。


「ちょっと待ってください……。確かに私は好奇心旺盛ですけど、さすがにオリバーさんの話には違和感があります。もしかして、私はファンタジーの小説を聞いているのでしょうか?」


「別の世界に繋がっている塔」とは、どういうことなのだろう。まるで物語のプロットでも聞かされているかのようだと、リリーは思った。


「リリーさんが小説だと思われるなら、そう思ってもらって構いません。ですが、私は実際にその塔の管理者として働いています」


 微笑まれた上にやんわりとした口調で言われ、リリーは後ろめたい気持ちになる。「違和感がある」とばかり言っていても話が進まないので、仕方なく彼の状況を飲み込んだ。


「分かりました。とりあえず、塔のこととオリバーさんがその仕事をなさっていることを認めます。それで……、別の世界と繋がっているという塔の管理者とは、どのようなことをされるのですか?」


「管理者の仕事は、その名の通り『塔の管理』をしています。大抵は、見ず知らずの人が勝手に塔に出入りされないように、複数の管理者が交代で見張りをしているのです。もし、関係のない人が入って来てしまった場合は『夢を見ている』と思わせて元の場所に帰します」


 リリーは彼の言葉に目をしばたたかせると、難しい顔をして言った。


「夢? もしかして催眠術さいみんじゅつでもかけるんですか?」


 だが催眠術はかけたら、必ず解かなくてはならなかったはずである。するとオリバーは「いいえ」といって微笑んだ。


「塔へは、普段使っている道を歩いているうちに、突然塔の前に現れてしまうことがあるのです。確率はそれほど高くありませんがね。それで私たちは、その不思議な現象を利用して夢のように思わせ、元いた場所へ連れて行くのです」


 話を聞きながらリリーは笑みを浮かべつつ、首を横に振った。


「塔の前に突然現れるとは、どういう現象ですか?」

「ああ、それを説明しておりませんでしたね。道順が、その塔へ繋がる鍵になっているので、開かれると勝手に空間が繋がって塔の前に来てしまうのです」

「あの……ますます話が分からないのですが」


 オリバーはふむ、とあごに手を当てて考える仕草をすると「たとえ話をしましょう」と言った。


「私の家から、アンの家までの道のりには色んなパターンがありますよね。最近はナビが随分進化してくれたので、最短の道を教えてもらえます。しかし時間を気にしなければ寄り道も可能です。そのなかの、あるパターンで人が移動したとき、ときには猫や鳥でも構いませんが、塔へ導かれることがあります。塔へ行くときはとても自然です。道が自然と繋がっていて、いつの間にかそこへいるのです」


「ええ……?」


「パターンさえ合っていれば、どこからでも塔へアクセスできます。この国からでも、南の小さな島の国からでも、道路の整備されていないような場所でも。でも、比較的、道が整備されているところの人たちが塔へ導かれることが多いですね」


「じゃあ私も知らず知らずに歩いていたら、塔へ行く鍵になる道順になっていて、いつの間にか異界へ繋がる塔がある場所に出るということですか?」


「そういうことです」


 地上にないはずの塔へ行くには、道順が鍵になる。

 オリバーの話を言い換えれば、その辺を歩いていると、知らぬ間にその塔へ辿り着いてしまう可能性があるということだ。


「とても難しい話ですね……。信じるのは中々困難です」


 オリバーの話をどう捉えていいか戸惑っているリリーに対し、彼は静かに話を続けた。


「リリーさんの反応は当然のことです。特に現実をよく見ている人であれば、なおのことこの話を飲み込むことは難しいでしょう。五十六年前、十六歳になったばかりの私が話を聞いたときもそうでした」


 あなただけではありません、と優しく言ってくれるオリバーに対し、リリーは表情を硬くした。

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