第2話 塔の管理者

 オリバーは足を組むとその上に、組んだ手を置く。

 リリーはそのしぐさを目で追いながら、さりげなく彼の姿を見ていた。


 普通はこれくらいの歳になると太ってくる人たちが多いが、彼はほっそりとした体つきをしており、顔立ちもきりりとしている。ひげもきれいにられて、清潔感があった。

 もちろん、年老いているぶん髪が後ろに下がり、しわもあるが、アンが話してくれたように魅力的な端正な顔は健在だ。


「さて」


 オリバーがそう言うと、下に向けていた彼の視線がリリーとぱちりと合う。金色の瞳は祖母が言っていた通り不思議な雰囲気を持っていて、引き込まれそうになった。


「一応確認ですが、私とアンとの出会いについてはご存じですよね?」


 リリーは彼の視線に飲み込まれないようにするために、少し目を逸らしつつうなずく。


「はい。興味深いお話でした」

「そうですか」


 オリバーはそこで一度切ると、息をついた。


「私にとっては、少し複雑な気持ちになる過去ではあるのですがね。ですが以前からアン以外に、自分の不思議な話に興味を持ってくれる人を探していたんです。それをアンに相談したら、リリーさんのことを教えてくれました」

「私のことを、ですか?」


 リリーは驚いてオリバーを見た。


「ええ。あなたならきっと私の正体を気にし、こちらに訪ねてきてくるであろうとね」

「どうして訪ねてくると思ったんですか?」


 不思議に思ってリリーが尋ねると、彼は目元のしわを深めてふっと笑う。


「アンがそうなるだろう言ったんですよ。手紙で少しだけあなたのことをお聞きしました。ああ、安心してください。それほど詳しいことではありませんよ。少し前にお仕事をお辞めになって、アンの家にいること。そして正義感があって、好奇心も旺盛おうせいなお嬢さんということくらいです」


 リリーは、苦笑した。


「……私のことを知る上では十分な情報ですね」

「そこまでではないと思いますよ。あなたの趣味も知らなければ、嫌いな食べ物も分かりませんから。ですが、私のことを話す上では十分な情報でした」


 オリバーがじっくりとした声で言うので、リリーは不思議そうに小首を傾げた。


「……どういうことです?」

「これから話すことは、少しおかしな話なのです。ですから、それでも聞こうという意志がなければ、最後まで聞くことは難しいでしょう。私がアンから聞いた話ですと、リリーさんは私の話を聞く素質がある。そうでなければ、今、私の目の前にあなたはいないでしょうから」


 リリーは笑いながら、何度か首を縦に振った。


「確かに。その通りです」


 するとそのとき、ドアがノックされ「クロエです」とくぐもった声が聞こえる。オリバーは、「少し長くなるからね」と言ってお茶目にウインクをすると椅子から立ってドアを開けた。


「コーヒーをお持ちしました」

「ありがとう」


 オリバーはクロエからトレーを受け取ると、リリーの傍に用意されていた小さなテーブルに、コーヒーの入ったカップと小さなバスケットを置いてくれる。バスケットの中には、つやややかな砂糖のコーティングがされた、ドーナツの定番であるグレーズドドーナツが二つと、ラングドシャが十枚ほど入っていた。


「どうぞ」

「わあ! ありがとうございます!」


 黒地にあでやかな花の絵が描かれたカップからは、コーヒーの香ばしい香りが立ち上り、バスケットからは甘い匂いがする。


「よかったら、お召し上がりください」


 オリバーに言われて、リリーは早速カップを手に取った。


「いただきます」


 口に含むとほどよい苦みの奥に複雑な味が広がり、そのなかにわずかに酸味がいた味がする。爽やかな風味のコーヒーだった。


「おいしいです!」

「気に入っていただけたようでよかった。少し話が長くなりますからね」


 オリバーはそう言って、自分の分を部屋の奥に置いてあった簡易テーブルに置くと、キャスターチェアーの隣に運んでくる。準備が整うと、椅子に座り改めてリリーに言った。


「では、話しても?」

「ええ、お願いします」


 するとオリバーはにっこりと笑って、自分のことを一つずつ話し始めた。


「まず、私の仕事について明かしておきましょう。私はあるとうの管理を任されている一人です」


「塔?」リリーはオウム返しをしたあとに、「あの……それはどこの?」と場所を尋ねた。

 だが、オリバーは少し困ったような顔をする。


「場所をお教えするのは難しいですね。セキュリティ上の問題があるというのもあるのですが、そもそもこの地球上にあるとは限らないからです」

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