オリバー・スミスの謎

彩霞

第1話 レンガ造りの家

 リリーは暖かな日差しの中、日本製の古いセダンタイプのシルバーカラーの車を運転して、オリバー・スミスの家へ向かっていた。


 彼女の祖母であるアンがつい先ほど話してくれた、オリバーの正体を知るためだ。


 オリバーとは、アンが十七歳のとき、ハウスキーパーをしていた家にいた青年のことである。しかし彼は、その家の子どもでもなければ、親戚でもなかった。さらにいえば、間借りしている学生でもなかったのである。


 もっと不可解なのは、アンの雇い主がオリバーのことを「鳥」と言っていたこと。理由は分からない。


 しかし、リリーはこれらの謎について、回答を得ることができる機会をアンにもらった。何故なら祖母は、オリバーと文通をしていたのである。


 自分のことをほとんど語らなったというオリバーと、どうやって手紙を送り合うようになったのかも謎だが、リリーの胸にはとにかく彼の存在をはっきりさせたいという好奇心がうずいていた。


 封筒に書いてあったオリバーの住所を見て、近所と知るや否や、リリーは家を飛び出した。彼の家は、アンの家から車で十五分のところにあったのである。


 今は写真に撮った封筒の差出人の住所を入力すれば、あっという間に最短ルートを示してくれる時代だ。リリーは車のナビに行き先を入力すると、すぐさまその場所へ向かった。 


「目的地に着きました」


 可もなく不可もない、女性の電子音声でナビが知らせてくれる。


「ここか……」


 運転席の窓から見上げると、立派な煉瓦造れんがづくりの家が目の前にあった。

 リリーは、広い路上に車を停めると、運転席から降りてその家と向き合う。


 彼女は、緊張と好奇心を抑えるために深呼吸をすると、玄関のドアの前まで歩き、備え付けられていたチャイムを押した。間もなくドアが開く。


「どちらさまでしょうか?」


 出迎えてくれたのは、東洋系の女性だった。

 淡いピンク色のスーツを着ている彼女は、リリーよりも小柄で、ほっそりとした体つきの女性である。年齢は四十代くらいだろうか。しかし、きびきびと動きそうな、きりっとしている顔つきをしていた。


「こんにちは」


 リリーが挨拶をすると、女性は一瞬だけ目を見開き、リリーの頭のてっぺんから爪先つまさきまでを素早く二往復して見る。


 どうしてそんな顔をするんだろうと彼女は、思ったが自分の足元を見て、はっとした。ジーパンに皺くちゃのリネンのブラウス、いてきた白いシューズは薄汚れいる。


 動きやすい恰好かっこうとはいえ、初対面の人に会う姿としては失礼だったと、今更いまさらながらに思う。


 しかし、リリーはすぐに考えを改めた。

 好奇心が勝っていたのだから仕方ない。スティーブン・ジョブズも、いつもTシャツにジーパン姿だったのだと、よく分からない理屈を自分に言い聞かせ、精一杯人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「突然お邪魔してすみません。私、祖母のアン・ジョンソン……、あ、昔は違うか。アン・ルイスの孫のリリー・ウィルソンと言います。祖母からオリバー・スミスさんのことを聞きまして、お話をおうかがいたと思ってまいりました」


 すると女性はうなずいたのち、「」と言った。リリーは聞き間違いだろうかと思っていると、彼女は玄関のドアをさらに広げる。どうやら服のことはもう気にしていないらしい。


「オリバーが待っています。どうぞお入りください」

「あ、ありがとうございます」


 祖母が言っていたように、「アンの孫」であることを言えば入れてくれるとは言っていたが、あまりにもすんなりと行き過ぎてリリーは少し戸惑いながらも、家の中へ入っていった。


 リリーが通されたのは、奥まったところにある部屋だった。


 案内した女性はドアを叩くと、「リリーさまがいらっしゃいました」と言う。すると中から、「どうぞ。お通しして」という男性の声が聞こえた。


 リリーはオリバーに会えるのだと思うと、緊張が高まった。祖母と会ったのが十代のころだから、きっとおじいさんだろう。どんな紳士になっているのだろうと思っていると、案内役の女性がドアを開けて「どうぞ」と言った。


 リリーはごくりと唾を飲みこむと、「ありがとう」と礼を言って中へ入る。

 開けた途端、紙やインクの香りすると思うと、大きな書棚が両脇に備え付けられているのが分かる。奥には窓、手前にはデスクトップパソコンが机の上に置いてあった。

 広い部屋の中央には、窓を背にミッドナイトネイビーのスーツに身を包んだ五十代くらいの男が立っている。


「いらっしゃい。そして、はじめまして。オリバー・スミスと申します。どうぞ、オリバーとお呼びください」


 低い響きが心地よい声でオリバーは挨拶をすると、リリーの目の前に立ち右手を差し出す。70インチくらいあるだろうか。リリーは少しだけオリバーを見上げた。白金の髪は、今も変わらぬままのようである。


「は、はじめまして……。リリー・ウィルソンと申します。私のこともリリーと呼んでもらって構いません」


 リリーはオリバーの手を握る。さらりとした柔らかい手だった。


「この椅子にどうぞお座りください」


 握手を終えると、部屋の中央に置いてあるウッドチェアーを手で示す。傍には簡易的なテーブルが置いてあったが、リリーは何だか面接みたいだな、と思いながら座った。


 一方のオリバーは「クロエ」と言って、リリーを案内した女性を引き止める。そして一言、二言やり取りをすると、クロエが「分かりました」というのが聞こえた。

 オリバー彼女とのやり取りを終えると静かにドアを閉め、窓側のほうを向いていたキャスターチェアーをこちらに向けて座った。

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