第8話 幽鬼

「この形態になるのは久しぶりだぜ」


やがて幽鬼の体は筋肉が浮かび上がり、頭には大きな角が生えている。

その姿は日本の伝承に出てくる鬼のような姿をしていた。

さらに手には大きな鉄槌を持っており、幽鬼が鉄槌に魔力を込めると、赤黒く光りだした。


「おら!」


すると恐ろしい速度にアル姉に接近し、鉄槌を振り下ろした。

イリス姉の結界も間に合わず、接近をゆるしてしまう。

アル姉はなんとか鉄槌を剣で受けたが、あまりの勢いに剣が破損し、胸の鎧に直撃してしまった。


「あが!」

「アル姉!」

「アル!」


近くにいた幽鬼をツタで追い払い、急いでアル姉のもとに向かうとアル姉の鎧が破損していた。

アル姉の体を確認すると、胸には赤いあざが出来ている。


「今助けるから!」


僕は緊急用に持っていたポーションをアル姉に振りかけ、ツタで運んで甲板の端に避難させた。


「ほう、俺の一撃を受けて生きてる奴がいるとはな」

「おもしろい」


幽鬼は持っていた鉄槌を、甲板に突き刺し魔力を込めた。

すると空中に魔法陣が発生し、あたりに電撃が走り始めた。


「こいつは雷鳴っていう魔法でな、俺の一族でも使える奴が限られてる特殊な魔法でな」

「この魔法を食らったやつは全身が焼けただれて、一切の身動きが取れなくなるんだよ」


そして幽鬼は魔法陣を展開し、僕に向かって放った。


「お前が一番この中で弱そうだからな!食らいやがれ!」

「奏!!」


イリス姉が結界を展開したが、雷鳴の威力を抑えられず、直撃してしまった。


「あがががが!!!!!」


その瞬間やけどによる激痛が走り、脳をやられたのか意識がもうろうとしている。

運よく心臓には届かなかったため、即死は免れたがまともに動けそうもなかった。


「もう終わりか?アルスもこんな奴にやられたのかよ」


幽鬼は呆れた顔をしながら、僕たちを見下していた。

幽鬼の行動にイリス姉は怒り狂い、竜人の力を解放した。


「船が壊れるから使いたくなかったんだけど、そんなこと言ってられないわね」

「お!そっちの金髪は変身できんのか」

「見たことない種族だが、どの亜人だ?」


イリス姉は口角を少し上げて言った。


「あんたには教えてあげないわよ!」


イリス姉は幽鬼に向かって突進し、幽鬼の体を右手の爪で引き裂いた。


「痛ってなぁ!くそが!」


幽鬼はすぐさま反撃するが、すでにイリス姉はその場におらず、空振りしてしまった。

イリス姉はその隙を逃さず、今度は背中を引き裂いた。


「ぐがぁ!」

「これは奏の分よ!」


イリス姉はいつの間にか魔法陣を展開しており、幽鬼の背中へ光の魔法を放った。

威力は以前の戦いよりも抑えられていたが、幽鬼の体を貫くのには十分な威力だった。


「げぼ!」


背中から腹を貫かれた幽鬼は口から血を吐き出し、膝をついている。


「このまま・・・じゃ負けちまうな・・・」

「こいつを使うのは偉そうなアルスの顔がちらつくから使いたくなかったが」


幽鬼は服に隠し持っていた、魔石を飲み込んだ。

すると幽鬼の体に紋様が浮かび上がり、急激に魔力が向上しているのが分かる。

紋様がやがて赤く光り始めると、幽鬼の表情はどこか苦しそうであった。


「おら、どうだ?こいつが俺の第二形態だぜ?」

「それがどうしたっていうの?」

「まぁ見りゃ分かる、この形態の俺は魔王よりも強いからな」


すると幽鬼はイリス姉に急接近し、腹を拳で殴りつけた。


「げぶ!」


イリス姉は恐ろしい勢いで吹き飛ばされ、そのまま海面に叩きつけられた。

その衝撃は波を通して船にも伝わり、船が大きく浮かび上がった。


「まだまだこんなもんじゃねえぜ」


さらに幽鬼はイリス姉が吹き飛ばされた付近に、雷の魔法を放った。

海の中にいるイリス姉に向かって雷が振動し、僕と同様に雷が直撃してしまった。


「ははは!!やはりこの姿は最強だぜ!!!」


幽鬼が高笑いしていると、突然口から血を噴出した。


「ごふ!さすがにこの形態を長く続けるのはきついな・・・」

「だが、これで俺に対抗できる奴はいなくなった!!!」


幽鬼は残されたアル姉にとどめを指すために近づいてきた。


「たしかこいつは気絶してるだけだったな」


幽鬼は甲板に落としていた鉄槌を拾い、アル姉に向かって振りかぶった


「これで、しまいだ!」


僕はこの隙を逃さなかった。

イリス姉のおかげで隠れて飲んでいたポーションが効き始めて、ようやく動けるようになったからだ。

僕は油断している幽鬼の背中に向かって、今できる全力の攻撃を仕掛けた。

その攻撃は風魔法と能力を混合させたもので、ツタの先端を限界まで鋭利にして風の膜で保護することで強度を上げ、敵を貫く方法だ。

アルスの肉体に傷をつけたときよりもさらに威力を乗せて攻撃することが出来る。


「貫け!!!」


僕がそう叫ぶと同時に、ツタが発射された。

幽鬼はなんとかよけようとしたが、足の太ももを貫かれてしまった。


「がぁぁ!!!」

「こんなもの引き抜いて!!」


幽鬼はツタを引き抜こうとしたが、ツタにある棘が引っ掛かりなかなか抜けなかった。


「まだだ!」


さらにこの攻撃には第二段階が存在している。

それはツタを刺された対象の体内に向かって急速に成長させ、体の組織を破壊するものだ。

幽鬼は急激に成長したツタが刺された太ももから体の内側に侵食し、やがて内臓にまで届いてしまった。


「や!やめ!!」

「これで終わりだ!」


僕がツタに向かって命令を出すと、ツタは急速に膨張し始め、幽鬼の体を内側から破壊してしまった。

すると幽鬼の上半身だけが甲板に取り残され、その場にボトリと落ちてしまった。


「こんな・・・はずじゃ」

「最後まで隙を召せてくれて助かったよ」


僕は体を引きずりながら、瀕死の幽鬼に近づいた。


「もう魔力もないから、再生できないのか・・・」

「嫌だ!死にたくない・・・」

「そう言っているが、今まで何人の人を殺したんだ?」

「お前のような奴に、情けは無用だ!」


命乞いをする幽鬼に向かって僕は、ツタを幽鬼の頭に突き刺した。

幽鬼はやがて動かなくなり、体が灰になって消えてしまった。

ようやく幽鬼を倒せたことに、安堵していると突然後ろから声が聞こえた。


「へぇ幽鬼ちゃんを倒しちゃったんだぁ~」

「お前は!」


急いで振り返るとそこには、ミルス公国で倒したはずの魔人アルスが浮かんでいた。


「久しぶり~元気してた?」

「アルス・・・!」

「おぉ、そんな怖い顔しないでよ、かわいい顔が台無しだよ?」

「あの時イリス姉が倒したはず・・・!」


アルスはミルス公国に出現したルーガスに取り込まれ、魔物の核と一緒に消滅したはずだ。


「残念ながら、奏ちゃんが倒した私は分身体なんだよ?」

「分身体だと?」

「うん、でも分身体とはいえ私の本気の5割くらいは力を使えるから、それを倒した奏ちゃんはすごいんだよ?」

「えらい、えらい」


いつの間にかアルスに頭をなでられていた。

僕はすかさず振り払うが、すでにアルスは移動しており、空振りに終わった。


「今殺せるチャンスだったのに何しに来たんだ?」

「別に奏ちゃんを殺したいなんて思ってないよ」

「むしろ逆、奏ちゃんを魔王軍幹部としてスカウトしに来たの」

「奏ちゃんの種族って、ドライアドなんだよね」

「どこでそれを・・・」


再びアルスは姿を消し、今度は僕の真横に立っていた。


「だって奏ちゃんはだからね」

「なに?」

「でも闇の魔力が無いのはなんでなんだろ?」

「でもまぁいいか、これからじっくり私の住処で調べればいいんだし」

「大人しく捕まるわけないだろ?」

「あぁ無駄だよ」


アルスは空中から、鎖を取り出した。


「空間魔法?」

「あ、言ってなかったね」

「私ってじゃないから、勇者と同じスキルが使えるんだよ?」

「アルガス王国っていうところの王女様だったんだろ?」

「よく知ってるね」

「確かにアルガス王国の王女様なんだけど、私には前世の記憶があるからね」


驚いた。まさかアルスも転生者だったとは知らなかった。


「前世は女子高生じゃわかんないか、学生だったんだよ?」

「詳しい話は私の住処で話してあげるよ」

「大人しく捕まるわけないだろ?」

「大丈夫だよ?奏ちゃんはもう逃げられないからね?」


鎖は僕の足に伸びており、いつの間にか足を拘束していた。


「この鎖は透明なのが便利なんだ」

「なんで外れない!」


この体の怪力をもってしても鎖は引きちぎれず、ただの鉄製ではないのが分かる。


「ふふ、これから楽しい毎日が過ごせるね♡」


するとイリス姉の声が聞こえた。


「絶対に、連れて行かせないわよ!」

「あらら、生きてたんだ」

「でもそんな体でどうするの?」


何とかあの攻撃から生還できたものの、イリス姉の体はボロボロで立っているのもやっとの状態だった。

するとイリス姉は光の魔法陣を展開し、アルスに向かって魔法を放った。


「あぁ無駄無駄」


アルスは魔法をまるで埃をはらうかのようにはじき返した。


「噓でしょ?」

「私って、光魔法効かないんだよね」

「分身体は闇の魔力で作り上げたから、効いたかもしれないけど」

「それに・・・」


アルスはイリス姉と同様に光の魔法陣を展開した。


「光魔法はこうやって使うんだよ?」


アルスは光の剣を出現させ、イリス姉に向かって射出した。


「あが!」

「君たちは奏ちゃんを想定よりも強くしてくれたから、生かしてあげるよ」

「じゃあね」

「待ちなさい!!!」


イリス姉の声を無視して、アルスは僕を抱きかかえながら船を離脱した。

僕は抵抗したが、無理をして戦闘を続けたことが原因で途中で力尽きてしまった。





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る