第5話 港町の記憶

私はこの町で過ごしていた時、両親はこの町の屋台で毎日夜遅くまで働いていた。

まだ幼い私に屋台を手伝うのは危ないと、この町に住む叔母の家で両親の帰りを待つ日々が続いた。


「お母さんたちまだ帰ってこないの?」

「そうね、まだまだ忙しいんじゃないかしら?」

「昨日買ってもらった新しい絵本を読んでほしいのに」


当時の私は両親がお土産で買ってくる本が大好きで、よくお母さんに読み聞かせてもらっていた。

特に大好きだったのはある王国に生まれた吸血鬼の少女の物語だ。

少女は貧しい農村で人間の両親から生まれた原初の吸血鬼だった。

そのため血を飲まなくても、食べ物から栄養を得られる体だったため人間の村で普通に生活していた。

少女は両親から人に尽くし、愛しなさいと言われながら育ち、少女自身も困っている人がいたら見過ごせないほどのお人よしになった。

ある時王国が魔物の大群によって危機に瀕した時も、人々の先頭に立ち、見事に魔物達を壊滅させた。

だが吸血鬼に復讐するために魔物の王は死ぬ間際に数百年は解けない封印を施し、魔物の王はそのまま力を使い果たし朽ちていった。

それ以来王国中に少女との別れを惜しむ声が広がり、哀れに思った王様は国で神聖視されていた祠にお墓を作った。

お墓には少女が好きだった髪飾りや愛用していたローブが供えられ、今でもその場所に眠っているらしい。

この本は亜人の国で言い伝えられた話を絵本にしたもので、その吸血鬼や王国に関する書物も残っていないため本当にあった話なのかは分からない。


「今日はいつもより遅いな」


その日は日が沈んで寝る時間になっても帰ってこない両親が心配になり、ベットの上で一人寂しく待ち続けていた。

すると物音が聞こえて、振り返るが誰もいない。

だがいつの間にか窓のドアが開いており、後ろから口をふさがれた。

私は必死に抵抗したが小さな少女では太刀打ちできず、眠り薬を飲まされそのまま連れていかれてしまった。

次に目を覚ますと、洞窟の中の檻に閉じ込められており、私以外にも何人かの子供が攫われている。


「よぉ、お前ら元気か?」


上の階からやせ型の細い男が降りてきて話しかけてきた。

その後ろには体格に恵まれた大男がいる。


「お前たちはこれから奴隷として亜人の国に売り飛ばすことになってんだが」

「この町の近くにお前たちを買いたいって言ってる変態貴族が居てな、今から選ぶからそこに並びな」


私達は言われるがまま整列した。

すると一人一人服を脱がされ、少女たちが裸になるとそれを見ながら紙に何かを書いていた。

そしてついに私の番が来た。


「さ、お前さんも脱ぎな」

「は、はい・・・」


私は恥ずかしい気持ちを抑えながら服を脱ぎ、男はそれを確認しまた紙に何かを書いていた。

そしてようやく全員の確認を終えると、私よりも前に検査された金髪の少女が呼ばれた。


「お前さんがこの中で一番発育が良いからな、連れていけ」


すると大男が少女の手を掴んだ。


「嫌!やめて!」

「ウルセェ!ダマッテロ!!」


大男が刃物を突きつけると、少女は恐怖しながら黙り込んだ。


「ボス、アトヒトリヒツヨウ」

「あ?けど残ってんのは貧相な奴らか、ちっこいガキだけだぞ?」

「ソコノアカガミガイイ」

「あ?こいつか・・・確かに顔はまあまあだが」

「ソイツノハハオヤマエニミタケド、カナリハツイクヨカッタ」

「なるほどな!確かに将来性で売り込めば高値で売れるな!」

「それにあの変態貴族のことだ、こんな小さなガキでも発情できんだろ」


すると私の手を掴んだ。


「お前もこい!」


私は男に手を引っ張られ、人目を避けながら馬車に乗せられた。


「こっから朝日が昇る頃には変態貴族の屋敷に着く」

「せいぜい大人しくしてるんだな」


すると馬車が動き出した。

馬車の中には私と金髪の少女の二人だけが取り残されている。


「ねぇ大丈夫?」


私は少女に話しかけたが、震えているのか反応がなかった。

いつの間にか森の中に入っており、しばらく馬車に揺られていると男が突然叫んだ。


「あぶねぇ!」

「なにそこで突っ立ってんだ!?どけよ!」


どうやら目の前に誰かがいたようで、男が怒鳴り散らしているようだ。


「こんな夜中に何処に行くんだ?」


すると女の人の声が聞こえたため、馬車を止めているのは女性だったようだ。

私は外の様子が気になったため馬車を覆っている布をめくり、ひっそりと外をのぞいた。

そこには獣人の女性と男がもめている。


「今から食料を貴族に卸すんだよ」

「こんな遅い時間にか?」

「さっき手紙で貴族様から緊急で送ってほしいって頼まれたんだ」

「嘘だな、食料を運んでいるにしてはあまりにも荷物が少なすぎるんだよ」

「中に何が入っているのか見させてもらうぜ!」

「ち!アランやれ!」


すると痩せた男と一緒にいた大男が後ろの馬車から出てきた。


「オマエ、コロス」

「やれるものならやってみな!」


アランと呼ばれた大男が女性に襲い掛かったが、次の瞬間女性が目にもとまらぬ速さでアランの首を蹴り上げた。

あまりの衝撃にアランの首はぐしゃりと右に曲がってしまい即死してしまった。


「次はお前だ!」

「ちょっとま!」


痩せた男が何かを言いかけたが、女性はそれにかまうことなく首をへし折った。

私はその姿を人々を助けた吸血鬼と重ね合わせて、かっこいいと思っていた。

その後女性は馬車に近づき、馬車の布を引き裂いた。


「やっぱりか、お前たちケガはないか?」


私のそばにいた少女は思わず泣き出してしまい、女性に抱き着いていた。


「へぇこんな目にあったのに泣かないとは大したもんだ」


その時の私は攫われたことの恐怖が無くなり、あるのは目の前の女性へのあこがれだけだった。

それから女性に他の子たちが攫われていることを伝えた。


「心配する必要ないぜ、あたしの仲間が救出に向かったからな」

「そうなんだ、じゃあみんな助かるんだね」

「そういうことだ」

「ねぇお姉さんは冒険者の人なの?」

「そうだな、冒険者の中でも最上位の金級冒険者ってやつだ」

「すごい!私もお姉さんみたいに強くなりたい!」

「ここまで強くなるには並外れた鍛錬が必要だぜ、お前さんには荷が重いんじゃないか?」

「それでも困っている人を助けられる人になりたいの!」

「はは、お前さんなら肝も据わってるし、案外なれちまうかもな」

「いいぜ、あたしは亜人の国で冒険者やってるからよ、いつか強くなって訪ねてこい」

「いつでも訓練相手になってやるからよ」

「うん!あ、そうだお姉さんの名前教えてくれる?」

「あぁいいぜ、私はマリーっていう名前で海の向こうにあるルーチ共和国で冒険者をやってんだ」


その後お姉さんと無事に別れ、ようやく両親と再会できた。

どうやら今回の事件の首謀者は私たちを買おうとした貴族だったらしく、凄腕のアサシンを雇って子供をさらい、人身売買組織に引き渡していたらしい。

今回のことで両親は私を一人にすることをやめ、過保護なほど一緒にいてくれるようになった。


ーーーーーーーーーーー


「マリーさん元気にしてるかな」

今でもマリーさんはあこがれの存在だ。

今回の旅でやっとマリーさんと会えると思うとうれしい気持ちでいっぱいになる。

しばらくすると扉が開き、奏ちゃん達が帰ってきた。


「あれ?アル姉起きてたんだ、あの様子だと夜まで起きないと思ったんだけど」

「うん、割と酔いが覚めるのが早いからね」

「そういえばそうだったわね」

「イリスも今日は迷惑かけてごめんね」

「別にいいわよ」

「ユラちゃんもさっきは迷惑かけてごめんね」

「いえ、アルさんのお世話をするのは割と楽しかったですよ?」

「う、12歳の子にお世話されるなんて姉としての威厳が・・・」

「アル姉がポンコツなのはいつもの事じゃん」

「もう奏ちゃん!そこまでポンコツじゃないよ!」

「はいはい、とりあえず日も暮れてきたし早くご飯にするわよ?」

「ここの宿の料理絶品だって、春たちが教えてくれたのよ」

「おぉ、いいね!一緒に食べよっか」


その後イリスたちと共に夕食を楽しんだ。

春さん達の言う通りこの宿の料理は絶品で特に魚のムニエルは大好物となった。

そういえば誰か忘れているような気がしたけど、気のせいだよね。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふが!?」

「あれ?奏ちゃん達は?」

「とっくに帰ったわよ?」

「いやぁ残念だったわね、ここの宿のご飯お腹いっぱいおごってもらっちゃったわ」

「ずるい!私を置いてユラちゃんと奏ちゃんも一緒にご飯なんてぇ!」

「あんたにもご飯用意したんだから文句言わないの」

「うえぇ~ん!こんなことなら飲まなきゃよかったぁぁぁ」

「こら!茜はもう寝てるんだから静かにしなさい!」


その後水樹は一人寂しく夕食を食べるのだった・・・









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