最後の挑戦
「…………紙とペンってある?」
ややあって、蒼衣ちゃんが言葉を絞り出す。
わたしがメモ帳の白紙ページを1枚ちぎってボールペンと一緒に渡すと、そこに蒼衣ちゃんは色々書き始めた。
時折うーんとつぶやきながらメモ帳を片手に考え込む蒼衣ちゃん。
わたしは同い年の女の子が、こんなにも真剣に頭を悩ませている姿を、いまだかつて見たことがない。
「……ふふっ、やはり蒼衣が必死で考え込んでる姿は、いつ見ても気持ちいいわね」
「何よ、そういう虎子はわかったの?」
「いや、まだだけど? こういうシンプルな問題は、解き方の候補を色々当てはめていくしかないもの」
「なんで解ける前に上から目線してるのよ」
どこか挑発するような虎子ちゃんに対し、蒼衣ちゃんも強い口調で応じる。
この二人は、会うたびにいつもこんな感じなのだろうか……
「でも、これもすずめさんが考えたの?」
「うん。鷹くん隼くんにも解いてもらってチェックしたけど」
「時間かかったけど、俺らはちゃんと解いたぞ」
鷹くんが得意そうに胸を張る。
「なるほど、すずめさんもいい問題を作るのね」
「あ、ありがとう……」
まさか自分が問題を作る側でほめられるとは思わなかった。
――さっき虎子ちゃんも言ったように、暗号解読にはある程度解き方のパターンというのがある。今回みたいにひらがなだけのシンプルな暗号文ならなおさらパターンが当てはめやすい。
ところで、解き方のパターンを逆にやれば暗号は作ることができる。
だから、暗号の作り方にも種類があるのだ。
今回わたしは、その一つを使っただけである。
「……わかった!」
今度は蒼衣ちゃんがそう叫ぶまで、10分ぐらいあっただろうか。
「これは文字をずらすパターンのやつね」
そうだ。
暗号のパターンでよくあるものに、一定の法則にしたがって文字を別の文字に置き換えるというものがある。その中でも単純で有名なのが、文字を五十音順やアルファベット順にずらして暗号文にするというものだ。
例えば『えびがわ』を下に1文字ずらすと『おぶぎを』となる。解読するときは逆に、上に1文字ずらせばいい。単純だけど、これでも立派な暗号である。
わたしが今、蒼衣ちゃんに出した暗号も文字をずらしたもの。
……なのだけど、何文字ずらすかというところに少し工夫がある。
「1文字目は上に1文字、2文字目は上に2文字……といった感じでずらしていって7文字目までやると『あかざきすずめ』になるのね」
「正解」
「……やるじゃないの、すずめ。でも、これで2対2。次があたしからの最終問題」
蒼衣ちゃんが姿勢を正す。
その顔が少しほほえんでるということに、わたしは気付いた。
……蒼衣ちゃんも、きっと楽しいんだ。
「最後もウミガメのスープをやろうかな、と思ったのだけど……」
そこで蒼衣ちゃんは、いたずらでもしそうな目でわたしを見据える。
「最終問題は、質問禁止にするわ」
「えっ!?」
わたしと虎子ちゃんの声が重なった。
それは、答えられるのか……?
「一切の質問禁止、すずめが解答できるのも1回だけ。その1回ですずめが正解できなかったら、あたしの勝ち」
「……蒼衣、それはきついだろ……」
「いや、可能なはずよ。ひらめきさえすれば……」
鷹くんの言葉を蒼衣ちゃんが遮って否定する。
「可能な以上、あたしはこのルールで問題を出す。すずめができなかったら、あたしの方が出題に関しては上手かった。それだけよ」
「……わかった。どうせここでわたしが否定したら、蒼衣ちゃんは『すずめはひよった』って言うつもりなんでしょ?」
「まあ、そうなるわね」
「そういうわけにはいかない。だから蒼衣ちゃんの提案を受け入れる」
……ここで否定するんだったら、そもそもわたしは龍沢家に来ていない。
本当はもちろん、鷹くんと同じことを思っている。
ここまで2問の形式と同じなら、質問無しでいきなり正解にたどり着くのは難しすぎる。
けど、わたしはそれでどうこう言ってられる立場ではないのだ。
「すずめ……!」
隼くんが声を上げるけど、蒼衣ちゃんはそれに構わず続ける。
「OK。じゃあ、あたしからの最後の問題」
蒼衣ちゃんは軽く深呼吸して、問題を読み上げた。
「『今日は快晴、絶好のスポーツ日和。AさんとBさんはいつも通り、13時から揃って同じコースで同じところからジョギングをスタートしました。しかしAさんの方がBさんより2倍速いペースで走るため、2人の走行距離はどんどん離れていきます。さらに途中でBさんが疲れて遅れたので、2人のペースには3倍近い差がつきました。そして14時、2人が同時にジョギングを止めたとき、なぜか2人はほとんど同じ場所にいました』……さて、なぜでしょう?」
…………えっ……?
「あっ、言い忘れてたけど『2人は周回コースをぐるぐる回っていたわけではないし、どちらかがわざとペースを落として相手を待ったりとかもしていません。2人ともひたすら自分のペースで走り続けました』……でも走り終わった時に2人のいた場所はほとんどすぐそこだった、その理由は?」
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