14.悪役令嬢はお祝いする2

 私はふんっとそっぽを向いた。暫く沈黙が続いた後、私は落ち着きを取り戻してヒースを見る。そこにはしょんぼりとしたヒース。……あぁもうっ!特別な日なのに私が雰囲気を壊してどうする!



 「私こそ、すみません。せっかくの誕生日のお祝いなのに……」


 「いや、僕が調子に乗りすぎたね」



 そう言って再びしゅんと俯くヒースに、私は紅茶に伸ばそうとした手を引いて、用意していたプレゼントを差し出した。いつ渡そうかと思ったけど、きっと雰囲気を変えるのにはうってつけだろう。



 「これ……手作りなんですけど良かったら……」



 受け取るヒースは少し驚いた様子で包装を丁寧に剥がす。その様子に喜んでくれるだろうかと、やっぱり少し不安になる。だけどそんな私の気持ちを知ってか知らずか、ヒースは満面の笑みで言った。



 「凄い!これネリネが作ってくれたの?」


 「お菓子とかも考えたんですけど……前回があれだったので……」



 前回のあれ……ぱさぱさぼそぼそクッキーのことだ。今でもあんなものをヒースに食べさせてしまったんだと思い出しては、控えめに言って消えたくなる。そんな気持ちを隠して笑って言えば、ヒースはあのクッキーも美味しかったしもう一度作ってくれても良かったんだよとさすがのフォロー力を見せつけてきた。



 「これ、栞だよね?クッキーも嬉しかったけど、この栞も凄く嬉しいよ!」


 「良かったです」


 「この押し花も凄く綺麗だね」



 そう言って食い入るように見つめるヒースに、私は少しだけ照れながら言った。



 「それ実は、花言葉があって……」



 どんな?と訊ねるヒースに、私は思い切って伝える。



 「その……『運命的な出会い』、です」



 その言葉にヒースがぴくりと反応した。手には、栞にされた青紫色の小さな花がぷるぷると震えている。



 「嬉しい……ありがとう。運命、か」


 「はい、他にも花言葉はあるんですけど、この言葉を贈りたくて」



 私の言葉にヒースは再び食い入るように花を見つめて、これで何度目かのお礼を呟いた。

 


 「今日は、特別な日なのでヒース様のやりたいことをする一日にしませんか?」



 私の提案に、ヒースは少し考え出す。

 いつもの休息日では、午前中に振り返りや就寝前にちょっとした予習などをすることの多い私だけど、今日だけは本当の本当に休むと決めてやって来た。なんだかんだ休みとはいえ勉強についてを完全に忘れて過ごすことはなかったので、私にとっても特別な日である。



 「じゃあ……一日中抱きしめていてもいいの?」


 「そ、それは……!」



 やっと考え終わったかと思えばそんなことを言い出すヒースに、再び私は顔を真っ赤にさせた。反対にヒースは大真面目にな顔で続ける。



 「僕の側から離れないようにお互いを紐で結び合っておくのもいいなぁ」


 「ヒ、ヒース様!!」



 私の叫びに、ヒースがふふっと声を出して笑い出した。



 「本気にしちゃったの?可愛いな~」


 「そうやってからかうのは止めてください!もうお口を利いてあげませんよ!」



 ごめんごめん、と再び謝るヒースは参ったなと頭をかきながら言った。



 「じゃあネリネならこういう時、何をしたいと思う?」


 「私、ですか?」



 思わぬヒースの言葉に私もうーんと唸りながら考える。

 特別な日……特別な日……ならば!



 「普段できないことがしたいですわ!例えば、城下デートなんて素敵だと思いませんか?ちょっとしたお出かけも良いですわよね。海も素敵でしたしもう一度行ってみたいですけど、この寒い時期なら山の方で温泉に入るのも憧れます!」



 前世でも馴染みだったほわほわと湯気の上がる石造りの温泉を思い出す。雪の降る中の露天風呂なんて、熱々のお湯が温かくて気持ちよかった。お風呂上がりの牛乳も……と思い出したところで、今の私はミルクが苦手なんだったんだと思い出して少し複雑な気持ちになる。代わりにコーヒー牛乳はあるだろうか?と考えていると、ヒースがそうだなぁと呟く。



 「山と海は難しいけど、城下なら……」


 「えっと、今日はヒース様のやりたいことを楽しむ日ですよ?」


 

 私の案に考え出すヒースに思わず突っ込むと、ヒースが笑った。



 「僕はネリネの笑顔を見ることが一番楽しくて嬉しいことなんだ。それに城下に変装して出かけるのは、僕だって楽しそうに思うよ」



 そう言ったヒースは早速呼び鈴で侍女を呼びつけた。二着分の庶民の服を用意するようにと告げれば、少しの困惑も見せずにかしこまりましたと去って行く侍女。さすがは王城で働くだけあるなぁとか思いつつ、まさかのヒースとのお忍び城下デートにわくわくが止まらない。



 暫くして用意ができたという侍女の元、私とヒースはお互いに着替えることになった。

 私の服は、白いシャツにシンプルなブルーのワンピースだ。この時ばかりは指輪やその他の装飾品も外され、代わりに水色の紐で髪を二つ結びにされる。初めての庶民服に気持ちが上がってくると同時に、普段もこれくらいシンプルだといいのになと密かに考えた。



 「ネリネは何を着ても可愛いね!その髪型もとっても似合ってる」



 そう私を褒めるヒースは、白いシャツにブラウンのサスペンダーパンツを履いていた。同じ生地で作られた帽子がふわふわの頭にちょこんと乗っていて、丸眼鏡まで掛けられている。何この可愛い生き物!と内心私は大はしゃぎだ。

 社交デビューがまだとはいえ、貴族の中には誕生祝賀パーティーで挨拶をしている者もいる。まさか王子が城下の中でも庶民の多い場所に現れると思っている者はいないだろが、パッと見で王子とバレないための工夫だ。お互い寒くないようにと厚手のコートに身を包めば、庶民の中でもいいところのお坊ちゃんお嬢ちゃんというような風貌に変わった。


 そしていざお忍び城下デートのスタートである!

 まずはどうするか?いうヒースの言葉に、南部のピラカンサに旅行した際に出店で食べ物を買ったことを思い出した私は、奥の方に並ぶ出店へ行ってみようと提案をする。



 「わぁ、これふわふわですわ!」


 「これは……何だろう?初めて見るなぁ」



 まるでヒースの髪のよう……と言いかけて、口を噤む。目の間には真っ白な綿菓子がふわふわと飾られていた。



 「綿菓子ですわ!とっても甘くて美味しいのですよ!」


 「じゃあ一緒に食べようか」



 ヒースの提案に私は思い切り頷く。ヒースが綿菓子屋の店主にこれ下さいとコインを渡せば、ニコニコと笑顔で釣りと出来たばかりの綿菓子を渡してくれた。



 「お金を使うのは初めてだから、少しドキドキしてしまったよ」


 「えぇ、私もいつもは両親や侍女に任せきりですわ」



 もちろん後方には護衛の付き人が何人か紛れてはいるが、今回はお忍びということで少しだけ距離を取ってくれている。そのため、買い物は自分たちですることになり、私は出かける前にスーザンから買い物の手引きを改めて聞いたのだった。ドキドキしながら初めて自分たちで買った綿菓子を少しつまむ。

 立ったままこんな風に食べるなんてはしたないかなと思いつつも、たまに通っていく子供たちもわいわいとはしゃぎながらもぐもぐと口を動かしているのを見れば、ええぃ!と口に放り込んだ。



 「……んっ!とっても美味しいですわ!」


 「うん、本当だ!凄く甘くて……すぐになくなっちゃった」



 私が先に食べるのを見届けてから口に放るヒースは驚いたように言う。まさかこんなにすぐに溶けてなくなるだなんて予想外だったのかもしれない。もしゃもしゃと食べつつ歩いていれば、次はヒースがあれが気になると立ち止まった。



 「あれは……揚げた何かを串に刺していますのね?」


 「うん、とっても美味しそう」



 近づいてみれば、美味いぞ~と気前のよさそうなおじさんが私たちに声を掛けてくれた。どうやら牛や豚の肉を揚げた串揚げのようだ。どうしますか?と目で訊ねれば、ヒースがうんと頷く。



 「おひとつ、くださいな」


 「まいど!」



 熱いから気をつけろと注意しながら釣りと串揚げを渡すおじさんに、私はお礼を言って受け取った。



 「わ~!ドキドキしますね!」


 「そうだよね!」



 お金の受け渡しにドキドキする私と、共感するようにうんうんと頷くヒース。私たちは顔を見合わせ……なんだかおかしくなって笑い出した。



 「これじゃあ一生侍女にお願いすることになってしまいますわ!」


 「僕も一国のお……がこんなんじゃダメだよねぇ」



 ひとしきり笑って私が串揚げを小さく齧った。さくっとした衣の後で、熱々の肉が口の中でじゅわりと肉汁を広げる。



 「これは……!」



 ヒースは目をぱちくりとさせ、更にもう一口齧りだす。はふはふとさせながら、細い目を更に細くさせて美味しそうに頷いた。どうやらとても気に入ったようだ。あっという間になくなってしまった串揚げに、どうせならもう一本買えば良かったかなと思っていると、あぁ~!という子供の残念がる声に視線が引っ張られた。



 「あれは何でしょう?」


 「えっと……小石すくいの店のようだ」



 小石すくい?初めて聞く単語に近寄れば、どうやら金魚すくいの小石バージョンらしい。水槽の中に綺麗な小石が沈んでおり、それを小さな網で掬うようだ。思わず綺麗だと見惚れていれば、ヒースが店主にコインを渡すところだった。そして受け取った網を私に手渡す。



 「やってみよう」



 その言葉に頷いて私が掬い上げると……残念、何も掬うことができなかった。しかもわざと緩くしているのであろう、網が見事に千切れている。



 「どうして……!」


 「お嬢ちゃん、残念だね。いいよ、もう一度やってみなさい」



 まさか網に仕掛けが?と思っていれば、店主らしきおばあさんが私にそう言ったて替えの網を手渡してくれた。コツは水槽の横からではなく真上から見ることだと言われ、私は真剣になって狙いの小石を掬い上げる。



 「やったぁ!できました!!」



 側で一緒になって見守ってくれているヒースに笑いかければ、にこりと笑い返してくれた。

 おばあさんにお礼を言うと、掬った小石を軽く拭きあげて渡してくれる。おばあさん、網の不正を疑ってごめんなさい。私の実力の問題でした。



 「綺麗な石だね」



 そう言って小石を見るヒース。私の手の中には、とれたばかりの真っ白な小石がきらりと艶めいている。



 「これ、ヒース様に差し上げますわ」


 「せっかく掬えたのにいいの?」



 私がヒースに小石を渡せば、ヒースは首を傾げてそう訊ねた。



 「思い出になったら嬉しいです」



 今日という日を忘れてほしくなくて、私はヒースに笑いかけた。



 「ありがとう、大切にするよ」



 そう言って握りしめたヒースは、何だか今日は貰ってばかりだと言って笑う。私が特別な日なのだからと返したところで、突然明るい声が降ってきた。



 「そこの可愛い新婚さんたち」



 驚いて見上げれば、そこには優しそうな女性が私とヒースを見てにこにこと笑いかけていた。

 新婚……?新婚って、私たち夫婦に見えてるの!?と驚けば、女性がうふふと声に出して笑い出す。



 「えぇ、そうよ。今日という特別な日におひとついかがかしら?」



 そう言って指し示したのは、ガラスで作られた数々のアクセサリーだった。

 綺麗なガラス細工に思わず心がはしゃぎ出す。どれも綺麗に作られていて、見ていて飽きない。



 「どれもネリネに似合いそうだね」


 「そうですか?えへへ」



 そんな照れ笑いに女性は、これなんかどうかしら?と一つを手に取った。



 「可愛いお嬢さんにぴったりじゃない?」



 そう言ってどう?と見せてきたのは、ネックレスだ。ピンク色の鈴蘭の入った小さなガラス玉がゆらゆらと揺れている。

 鈴蘭はこの国の国花だけど、ピンク色の鈴蘭は珍しくて初めて見た。食い入るように見つめれば、ヒースがふっと笑って女性に言った。



 「じゃあ、ひとつください」


 「えっ!いいのですか?」


 「もちろん!」



 どうぞ、と女性がヒースにネックレスを手渡せば、ヒースはそのまま私の後ろに回ってネックレスを付けてくれる。首から下がった鈴蘭がとても可愛い。



 「僕の姫に」



 付け終わったヒースが私の手の甲にキスを落とせば、私は顔が真っ赤になってしまう。

 それを見た女性も、あらあらと楽しそうに笑い出す。



 「いつまでもお幸せにね!」



 そう言って送り出す女性の声を受けながら、私たちは市場を抜けた広場の噴水までやって来た。丁度いいから少し休もうと言ったヒースに頷いて、私が噴水のへりに腰を下ろそうとすればヒースがハンカチを広げてくれた。それにありがとうと返して腰を下ろせば、ヒースも隣に腰掛けた。

 噴水の流れる音が響いて、まるで私たちだけの世界のような気がしてしまう。



 「そういえば、今日くれた栞の押し花、他にも花言葉があるって言ってたよね?」



 そう訊ねるヒースに私がえぇと頷けば、他にどんな言葉があるの?とヒースが首を傾げた。



 「えっと……思いやり、とかですわ」


 「へぇ、素敵だね。ネリネって物知りだよね」



 私の返事にヒースが言う。



 「花言葉を調べるのが好きだった時期があるんです」



 そうなの?と返すヒースに私は頷いて返した。

 この世界である『翁草』の小説には、たくさんの花が登場した。どれも作品の中では意味のある花ばかりで、そこから私は積極的に花言葉について調べるようになったのだ。



 「花のたくさん出てくる小説を読んだときに、花言葉を調べると登場人物の気持ちが反映されていることに気付いて、更に面白いと思ったんです」



 なんだか懐かしくて目を細めれば、ヒースが私の手を取って言った。



 「僕にも今度、花言葉と一緒に花を贈らせてね」



 そんなヒースに頷く。だけど私はもうすでに貰っているんだけどな、と思いつつそこは密かに胸にしまった。私の今日プレゼントした花の花言葉は、『運命的な出会い』『思いやり』。それから……――。

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