13.悪役令嬢はお祝いする1

 はぁっと吐いた息が白く消えていく。凍えるような冬がやってきた。

 重たいドレスが窮屈に感じる中、私は馬車に乗り込んでいる。スーザンから渡されたショールの位置を気にしながら、窓の外に目を向けた。もう何度目かも数えていない王城への道のりは、季節によってその姿を変える。今もまさに雪が降り積もろうとしているところだ。ちらちらと静かに舞う景色が美しい。冷たくなった手に息を吹きかけながら、少しばかり緊張した気持ちも一緒に落ち着ける。


 今日はヒースの誕生祝いだ。前日はお城主催の第二王子の誕生会が行われ、私の両親も参加していた。社交デビューを迎えていない私はというと、泣く泣く留守番だった。まぁヒースもデビュー前なので挨拶を受けたらすぐに自室へと引き返したらしいけれど。あぁ、早く大人になりたい。右手の薬指に光るライトブルーの宝石に目を向けながら、そんなことを思った。


 私の誕生日にはヒースから宝石の付いた指輪を贈られた。なんでも世界に一つしかない特注品らしく、私はその価値に顎が外れるかと思ったものだ。そしてヒースからはこれは婚約者としての証だから肩身離さず持ち歩くようにと言われ、私はこのとんでもない高価な指輪を日常使いすることとなった。それこそ湯あみ以外で外すことはない。そこまで考えて私は少し不安になる。



 「喜んでくれるかしら……」


 「きっと喜んでいただけますよ。大切なのは込められた気持ちです」



 思わず弱音を吐き出せば、すかさずスーザンが微笑んだ。私だって相手が私のように落ち込んでいれば、きっと同じ言葉を掛けると思うし、スーザンの言う気持ちのこめられたプレゼントは貰って嬉しいだろうと思う。思うのだけど……いざ自分が相手へ贈るとなると不安になってしまう。


 誕生祝品を山ほど贈られているであろうヒースには、何を贈ろうかと考えても全く良いアイデアが浮かばなかった。きっと高価なものはそれこそたくさん贈られているだろうし、私が贈ってもたかが知れてるような気がして、とても贈る気になれない。それこそ右手の指輪のような世界でたった一つのプレゼントなど、私が用意できるはずもなく……。


 だから私は手作りすることにした。だけど、過去にお菓子作りは失敗に終わり、裁縫だってまだやったことがない。一応前世でボタンの縫い付けくらいは習ったけど、刺繍なんてやり方が分からない。ということで……。



 「それにとても良い出来栄えの栞だったではないですか!絶対に喜んでいただけます!」



 そう、押し花で栞を作ることにした。ヒースが一人の時間では専ら読書をしていると話していたのを思い出したのだ。押し花ならば幼い頃に侍女と遊んでやり方が分かっているし、栞だって前世で教わった記憶を辿れば全て一人で用意ができる。ということで、私は青紫を基調とした栞を完成させたのだった。


 貰った指輪の宝石がヒースの瞳の色だから、私も自分の瞳に色を合わせた。

 完成した直後は良い出来栄えに深く頷いたけど、やっぱりいざ渡すとなると緊張で胃がムカムカしてくる。そんな緊張の中、王城に着くと案内されたのはいつもの客間。しかしヒースが出迎えてくれたかと思えば、少し移動しようかと私をエスコートしてどこかへ連れていく。



 「えっと……ヒース様。どちらへ?」


 「ん?僕の部屋」


 

 危うく心臓が口から飛び出すかと思い、ちょっと待ってとヒースに言う。



 「どうしたの?」


 「あ、ああああの!えと、まだ早いというか、えっとその……」



 ヒース様の部屋!?と思わず動揺する私の言葉に、ヒースがお腹を抱えて笑い出した。そしてひとしきり笑うと、私の耳元に口を近づける。



 「何を想像しているの?」


 「ちっ違います!そういうことじゃ!ただお部屋は特別で……!」


 「そういうことって?」


 「あ、えと、んぐぐ……」



 私が言葉に詰まりながら顔を赤くしてたじろいでいると、ヒースが更にぷっと吹き出す。



 「特に深い意味はないから安心してよ。僕の誕生祝いをネリネがしてくれるんだから、部屋でゆっくり二人で話しがしたかっただけだから」


 「あ、ええええと!も、もちろんですわ!何も疚しいことなんて考えておりません!」



 そう慌てて言いながら片手でぱたぱたと扇ぐ私に、ヒースはまだ僕たち子供でしょ?と言って微笑んだ。



 「……大人になってから、ね」


 「ヒ、ヒヒヒヒース様!?何を仰っているのか全く全然何にも意味が分かりませんわ」


 「うんうん。ネリネはまだまだお子様だもんね?」


 「そうそう、お子様……って!ヒース様!今日はなんだかいつもより意地悪ですわ!」



 私の反応に心底楽しそうに笑うヒースに向かってぽかぽかと殴るポーズを取る。相手が王子じゃなきゃぶん殴っていたかもしれない。



 「さ、着いたよ」



 いつの間にか大きな扉の前に着き、私は促されるままヒースの自室へと足を踏み入れた。

 平民ならば家族で暮らしていても問題ないくらいの広さの部屋は、ところどころ高価な装飾の他にはチェストやベッド、テーブルやソファといった私の部屋にもあるような家具が置いてある。あっと思った部分は、窓際に置いてある小さなテーブルと一人掛け用のソファ。きっと天気の良い日なんかはそこで読書をしているのかな?と思うと心がきゅんとする。


 ヒースは侍女にお茶の用意をさせると、人払いをした。

 スーザンも私の持ち込んだケーキやお菓子、プレゼントを用意して部屋を出て行ってしまう。



 「侍女たちも全員下がらせるのですか?」


 「だってせっかくの誕生日なんだから、一日くらいこうして我儘を言ったっていいと思わない?」



 常に誰かの目がある生活のヒースでも、誰もいない空間で過ごしたい時があるのかな?と思った。侯爵家にも侍女たちは多くいるけど、私の場合は一人なる時間も普通にあるし、想像の出来ない生活だなと感じた。



 「あ……えっと、ソファに座らせていただきますわ」


 「ベッドでもいいんだよ?」


 「ヒース様!」


 「ふふ、ごめんごめん。つい、ね」



 楽しそうに笑うヒースに、思わず口を尖らせる。なんだか今日のヒースはテンションが高いな……っていうか、少し大人っぽく感じてしまう。……変なことばかり言うし。

 ソファに座れば、向かいにヒースもにこにこと腰掛ける。私は用意されたケーキをまず恐る恐るとりわけ始めた。



 「僕も手伝うよ」



 そう言っておっかなびっくり更に盛り付ける私の横に移動すると、ヒースがお皿を近づけてくれた。

 まさかの主役に手伝わせてしまうなんてと思いつつも、確かに手伝ってもらった方が安全ではある。



 「このケーキ、私も飾り付けを手伝ったんです」



 もちろんケーキなんて作れない私は、せめて……と料理人に頼んで飾り付けを手伝わせてもらった。

 二人でも食べきれるようにと少し小さめのホールケーキを頼んだため控えめではあるけど、苺やブルーベリーなどをたくさん載せたケーキは結構上手く飾れたと思う。



 「とても綺麗だね!」



 二人分をお皿に無事に載せ終えると、ヒースがにこにこと言った。

 さて、実食である。まずは私が毒見を……と、フォークでケーキを掬い上げて口に運ぼうとしたところで、横からぱくりと食べられてしまった。まさかの出来事に私はヒース様!?と叫ぶ。



 「な!何を!」


 「毒見しようとしたでしょ?いらないよ」


 「で、でも何かあってからでは……!」



 うん、美味しいと感想を言いながら、口の端についたクリームをぺろりと舐めた。



 「ネリネに毒を盛られるなら、甘んじて受け入れるよ?」



 そう言って微笑むヒースに私は首を振って答える。まさか私が毒など盛るわけがない!っていうか、そういう問題じゃないのだ。

 王族の伴侶や側近として近くに存在する貴族は居るが、ある程度大きくなってからでは反逆心を持つものも出てくる可能性がある。そのため、王族の側を許される可能性のある者は幼い頃から忠誠心を培うための教育が成される。私もそんな数ある貴族の中の一人であるし、婚約者に選ばれてからは更にその辺の教育にも力が入っているわけだ。



 「そういう問題ではありません!」



 だからこそ、毒を盛るだなんてことあるわけないにしろ、毒見をせずに王族が何かを口に入れるなんてことあってはいけない。忠誠教育を今まさに行っている私が側にいるなら、尚更あってはならないのに!



 「心配してくれてるの?大丈夫。僕は死なないよ」



 呑気にナプキンで口元を拭くヒースを、何を子供みたいなことを言っているんだ?とじとりと睨む。



 「ごめんって。はい、機嫌直してよ」


 「んっ……!」



 途端に私の口の中にクリームの甘さが広がった。気付けば口いっぱいにケーキを頬張っている。恨めし気にヒースを見ながらもぐもぐと咀嚼して、ごくりと飲み込んでから今度こそ怒鳴りつけてやる!と目元を吊り上げた瞬間……。



 ――ぺろっ


 「ん、甘いね」


 「なっなっななな……!!!」



 柔らかくて温かいそれが、私の口の端を掠めた。まさか、まさか!?



 「わぁ、真っ赤だぁ」


 「ななななに、を!しているのですか!!」


 「んーっと、キス?いやでも今のはクリームを舐め取っただけだから……なんだろ?」



 はわわわと私が両手で顔を覆い、思わずソファにどしりと尻もちをつく。



 「どうしたの?」


 「急にこんなことダメです!それに私たちはまだそんなことをしていい年齢じゃ……!」


 「じゃあ急じゃなければいいの?」



 そう言って今までニコニコしていたヒースの顔から無邪気が消え、意地悪な顔で私にぐいっと近づいた。



 「ネリネ、キスしてもいい?」



 そう言ってどんどん近づくヒースの顔を私は思わず押し退ける。



 「だっ!……め!!」



 ふうふうと肩で息をする私に、えー?と子犬のような瞳でヒースが見つめる。そんな顔をしてもダメ!って、そんなことよりヒースは本当に七歳なの?と頭で考える。先ほどから行動が七歳のそれじゃない!

 確かに現代と比べて結婚も妊娠も早い時代ではあるけど、それにしたって早すぎる!私の気持ちが追いついていかないし、今だって顔が赤いどころか息も絶え絶えだ。こんなんじゃ婚姻前に死んでしまうかもしれないと本気で思う。


 そんな私の様子を見て、ヒースは今度こそ向かい側のソファに座ると少し反省したような様子でごめんと謝ってきた。可愛くて、思わず……とかなんとか言っていたけど、もし次やってきたら口きいてあげないんだから!とこっそり誓う。

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