12.第一王子と御神力
僕は愛情を知らない。
王族である両親の子供、そして第一王子である兄上の弟として生まれた僕は兄と比べて重要視されていなかった。幼い頃から一番は既に決まっていたし、僕も一番になろうなんて考えは全く浮かばなかった。それに、御神力に恵まれなかったと知られれば、数少ない僕の支援者だって離れていくのが当然の流れだった。僕はいつも独りぼっちだった。
それが変わったのは、ある日突然。噂に疎い僕のところでさえも届くほど噂の我儘令嬢、ネリネという少女に出会った日。その日は兄上とネリネの顔合わせで、あろうことか彼女が僕に好きですと言ったときには、頭が真っ白になるくらい驚いたし、状況が飲み込めずにいた。だって、おかしいでしょ。なんで僕なの?
「んー、特に好きなことはないかな。僕の好きなことより、君の好きなことは何かない?」
「わ、私ですか!?」
そう言って驚く彼女が新鮮で、やっぱりこの状況がよく分からなかった。
「これはピンク色だよ。そんなことを言ったら、君だってさっき指さした緑の葉は、黄緑色に近いと思うけど?」
「まぁ、ヒース様がそれをピンク色だと言うなら、この色はピンク色なんでしょうけど」
そう言って少しむっとする彼女が面白くて、更に訳が分からなくなった。
「捕まえれば勝ちなんでしょ?」
「タッチすればいいのです!抱き着くのではありません!」
そう言って叫ぶ彼女が可愛くて、この気持ちでさえ分からなくなっていった。
だから思わず僕は聞いた。
「ただの噂なの?それとも僕の前で猫被ってる?」
「まさに噂の通りです。でも、このままじゃいけないと思って心を入れ替えたところですわ」
噓でしょ、そう思ったけど今までの言動に嘘はなくてそういうこともあるのかなと思った。
だって僕の知る未来とは全然違ったんだ。
僕には御神力が発現していた。全ての未来が分かってしまう。何年後には誰が何をして、何を話して、どうなっていくのか。全部、全部だ。
未来の分かる僕のこの力を周りに隠したのは、僕がその力を隠すことで何か変わらないかと期待したからだった。僕が知るあまりにも惨い未来をどうにかしたいと思ったし、だけどどうにもできないような気もしていた。隠したけれど変わらない未来が続いていたのに、知っているはずの日常が変わったのは、ある日突然。そう、彼女と出会った日。
だから僕は、『希望・期待・真実』。この花言葉を彼女に託したんだ。
だけどそれと同時に未来が変わったいま、僕は怖かった。
やがて訪れる未来を待ち続けるのも怖いけど、分からない未来が訪れることも思った以上に怖いことだと知ってしまった。未来が分かることは怖くて、だけど分からないことも怖い。この矛盾した感覚を知っているのは、この世界で僕一人だと思う。
たとえ、思わず逃げ出したくなってしまうような未来を変えてくれるかもしれないという不純な『希望』だとしても。
たとえ、愛情に飢えた僕に甘い蜜をくれるからという汚れた『期待』だとしても。
たとえ、純粋に僕を愛してくれる君にとって、僕のこの考えが裏切りの『真実』だとしても。
それでも僕は、不安に押し潰されそうで、どうにかなってしまうような感覚から逃げたくて。
そして僕のこの気持ちに好きだという感情が足されたと分かったいま、僕はもう君から離れられないと思った。唯一、この僕を救い出してくれる君から……。
「あの花はどういう風に、なんて言って渡されたの?最初から詳しく話してくれる?」
ネリネは必死に僕に状況を説明してくれている。困惑したその表情が、昨日まで感じていたものと違うことに気付いた。あぁ、なんて可愛らしいんだろう。今すぐ抱きしめたくなってしまうような、そのまま抱きしめ潰してしまいたくなるような、支配的な気持ちで満たされていく。
そしてネリネから説明された内容を聞いて、怒りが湧いてくる。
僕の婚約者を誘惑した貴族の子息とやらを、今すぐ嬲り殺しにしたい。お前なんかに渡してたまるか。
「まさかその手品に君も惹かれた?」
「そ、そんなことあるはずないじゃないですか!」
「ん~?心配だなぁ。君は優しいから、この先がとっても心配だよ。今からでも我儘なご令嬢に戻ってくれていいんだよ?」
僕のこの汚い感情に気付かれないうちはあるはずないと分かっていても、それでもつい聞いてしまう。
ネリネは優しい子だから、頼まれたらきっと相手のためになろうとするはずだ。そして今回みたいに誰かの心を奪うかもしれない。そんなの許せない。だけど、僕の目の届かないところじゃ守ってあげられない。
「私はヒース様一筋ですわ!大好きです!大大大好きです!!」
あぁ、本当に僕のことを大好きでいてくれるんだと思えば、体が熱くなる。それと同時に、僕の目の届かないところでのネリネについて対応しなければと思った。今すぐにでも考えなければいけない。
「うん、僕も。ネリネのことが大好きだ」
そう答える僕に、ネリネは驚いたように僕を見た。どうしたの?と聞く僕に、名前を呼ばれたことが嬉しいという。だんだん真っ赤になっていくネリネの頬が愛しい。
「わぁ、真っ赤だ」
熟れた頬が僕の心をくすぐる。今すぐ食べてしまいたいな。
両手で頬を抑える仕草もとても可愛らしくて、だけど赤く染まったその表情が見れなくなるのは残念だと思った。今ここで両手を縛ってしまえればずっと眺めていられるのに。
僕を思って選んでくれたであろうお土産の花の砂。とても美しいけど、僕はその小瓶に映る歪んだネリネの顔に目がいった。ぐにゃりと曲がるその顔に、まるで僕の心みたいだななんて冷ややかに考える。きっと僕が感情のままに扱えば、この小瓶のネリネのように彼女を傷付けてしまうかもしれない。それだけは、ダメだ。
今まで通り、ネリネにとっての完璧な王子様で居なければ。
そして未来も幸せなものにしなければと強く思う。彼女のための世界。そう思えば今この瞬間から僕のいる世界が輝き出すように感じた。
未来の分かる僕。惨い結末が分かるのだから、それを防げば良い話……。
そこまで考えてふと思う。本当に変えられるのかな。僕なんかが。だけど、それでも……。
あぁ、どうして僕なんだ。どうして?未来が分かる分からないで振り回されるこの人生に苛立ちが募ってくる。どうして他でもない僕が!こんな、力を!
「ヒース様?」
どうされました?と心配そうに僕の様子を窺うネリネに、何でもないよと答える。
笑って見せれば安心したように笑いかけてくれた。いつまでも君の隣に居られるのなら。
お願い、僕から何も奪わないで。歪んだ心は元には戻らないだろうと思う。
羨ましいと人は言う。神からの恩恵だと人は呼ぶ。けれど、僕に与えられたのは……呪いだから。
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