11.悪役令嬢は初めて旅行する2
マカロン屋に到着すると、私はどんなマカロンがあるのかと吟味し始めた。
どうやら特産フルーツが中に練り込まれているらしい。全部食べてみたいけど、種類が豊富で全てに手を出すことは難しそうだ。
「これがマカロン?」
「そうよ!私の大好きなお菓子なの!」
後から到着した少年の言葉に私が張り切って言った。甘いものは大抵好きだけど、マカロンだけは特別だ。
「このラティンというフルーツにするわ!」
端から端まで見た私は、黄色い色のマカロンを指差す。みんなもそれぞれ選び、私は早速渡されたラティンマカロンを頬張った。うん!まるでマンゴーのような濃厚な甘さだ。クリームとの相性も抜群で、これなら二個でも三個でもいける気がする。
「僕のも美味しい!凄く甘いオレンジだよ!」
そう言って少年が食べるのはオレンジ色のマカロンだ。この地で採れるみかんのようだ。お姉様もピンク色のマカロンを頬張っている。
「そういえば、トラデスカンティアの国の食べ物は出店には並んでる?」
国内に住んでいる私たちでも見慣れない料理がたくさん並ぶ出店なのだから、国外の有名な料理が並んでいてもあまりおかしくないなと思いながら聞いてみる。すると困ったように少年が言った。
「分かんない……僕、あんまり、お、お家から出ないんだ」
「あら、そうなの?じゃあ今日は特別な日ね!」
横からお姉様がにこにこと言った。それに対して少年も笑顔で頷く。私もあまり外へ出ないし、貴族の子供はどこの国も似たようなものなのかもしれない。
この後、この地で採れた魚のステーキ串を食べてから、奥の広場へと抜けた。
「わぁ!凄いわ!」
広場では大道芸などが披露されていて、観客を巻き込んでのマジックなどもある。
パッと消えるコインにはわっと驚かされ、観客の一人が渡したハンカチを破り始めた時には思わず大丈夫かとごくりと喉を鳴らした。だけど元通りの皺一つないハンカチを最後に見せた芸人に、周りの観客はわぁっと一気に拍手を鳴らす。
「凄い凄い!」
「お嬢さん、よろしければ一枚選んでいただけますか?」
「え、私ですか?」
一緒になって拍手を鳴らしていると、私が芸人に指名されてしまった。示すのは、束になったトランプだ。私は素直に一枚選ぶと、言われた通り芸人に見せないように自分と観客とで数字を確認する。選んだトランプは、ハートの五だ。
「では、この束のどこかに戻してください」
そう言われて戻すと、芸人はあっという間にシャッフルしてしまう。これで本当に分かるのだろうか?疑いながらも、パチンッと指を鳴らす芸人は涼しい顔で束になったトランプの一番上をくるりと捲った。
そこには……ハートの五がある。
「凄いですわ!」
周りの観客もおぉっと声を上げて驚く。これには恭しく礼をする芸人に、私も目を輝かせて拍手を送った。
「楽しかったわね」
芸人のマジックが落ち着き、私たちはその場を離れる。私が少年に言えば、うんうんと頷いてくれた。楽しんでくれたようで、私まで嬉しくなる。
この後、近くの出店でフルーツシェイクを買い、最初に待ち合わせした砂浜まで戻ることにした。
「僕、明日国に帰るんだ」
バナナシェイクを飲んでいると、少年が言う。えっそうなの?と驚くと、少年は寂しそうに顔を伏せた。
「また……会えるかな」
「きっと会えるわ!お名前は?」
そういえば一日過ごしていたのに聞いていなかったと、私が訊ねる。
伏せていた顔を上げて少し考えてから、少年はリオと名乗った。
「リオね!私はネリネ!お姉様はローザよ」
「ネリネ?ローザがリリーって言ってなかった?」
「それは愛称なの。もちろんリリーでもいいわよ」
そう言って微笑むと、リオはじゃあリリーでと嬉しそうに言った。
「リリー、ローザ!ありがとう。また会おうね」
リオの言葉に私たちもこちらこそと笑顔になる。
そろそろ、とスーザンに言われて私たちは手を振った。
「あっ!待って!」
するとリオが何やら呼び止めて、私の目の前までやってくる。
「リリー……元気でね」
そう言ってパッと手から現れたのは、ピンクに咲く花だった。
「えっ!」
さっと手渡され、訳も分からず受け取る。慌てて待ってと呼び止めようとするけど、リオは走って従者の元へ向かっていくところだった。そして私たちの方を向いて手を振りながら、そのまま去ってしまう。
今のは……、そう考えてから先ほどの大道芸のマジックを思い出す。まさか同じような芸当がリオにも出来たなんて驚きで口が塞がらない。
「あの子、やるわね」
そう言って私の手の中の花をつんと突くと、本物だわとお姉様も驚いた様子だった。
いつから仕込んでいたのだろう?確か出店には花屋もあったから、そこで用意したのかもしれない。
「……あなたにぴったりの花ね」
お姉様の言葉に、少し恥ずかしくなりながら私は手の中の可愛らしいネリネの花に目をやった。
そんな出来事から翌日の朝。最終日はあっという間にやって来た。貴族御用達の土産物屋に立ち寄った私たちは、まだ陽の高いうちに家へと帰ってきた。
初めての旅行に疲れた体を休めながら、昨日まですぐそこにあった海を思い出す。
「この花は、チェストの上に飾っておきますね」
そう言うスーザンの手には花瓶に生けられた花がしゃんと刺さっている。と、同時にリオとの思い出も蘇ってきた。自然と綻ぶ顔に楽しい時間を過ごせたなと思う。またいつか会える日が来たら、きっと昨日のことを話すんだろうな。そんなことを思っていると、部屋にノックの音が響いた。
「ネリネお嬢様、第二王子殿下がいらっしゃいました」
「え!ヒース様が?」
突然の来訪を告げる知らせに驚いてソファから体を起こす。
まさかすぐに来てくれるとは思ってもいなかった。だってまだ、帰宅して二時間も経っていない。すぐに出迎える用意をしながら、ヒースに渡すお土産も忘れないように気を付ける。
軽く身支度を整え、いつもの客間に行くと……何故か既にお姉様がヒースと共に優雅な振る舞いで紅茶に口をつけているところだった。
「お姉様……?何故いらっしゃるの?」
「まぁまぁ良いじゃない」
そう口角を上げるお姉様に不満を抱きつつも、私はヒースの向かいの席に腰掛ける。
別にお姉様がいて困ることなってないけど、最近では二人で過ごす時間も減ってしまい気持ち的には邪魔だなと思ってしまう。けれど邪魔だなんて言ったら、また泣き始めてしまいそうで胸にしまうしかない。
「旅行はどうだった?」
「とっても楽しかったですわ!」
早速ヒースから旅行の話題が出て、思わず私は食い気味に答える。昨日までに起きたたくさんの出来事を話したくて堪らなかったのだ。
水平線がずっと遠くに見える海の話や、家族で言った初日のレストランで見た眺め、土産物屋で見た珍しいアクセサリーなど話が尽きない。それをヒースは時折相槌を混ぜながらニコニコと聞いてくれる。その反応が嬉しくて、出店での特産マカロンの話を始めたところでお姉様が突然口を挟んだ。
「そういえば、頂いた花はどうしたの?」
「それなら、私の部屋に飾ってあるわ」
「……花?誰に貰ったの?」
そんなこと?という風に答える私にすかさずヒースが訊ねる。私がそれは、と口を開くとお姉様が再び割って入った。
「リリーに惹かれてしまった男の子からですわ、殿下」
惹かれ……?その言い回しにきょとんとする私がヒースを見れば、明らかに固まっている。そんな誤解の生む言い方!!と慌てて否定したものの、お姉様が遮って続きを話し始めた。
「観光にいらっしゃた隣国貴族の御子息で、迷子になっているところを、リリーが!優しく手を差し伸べてあげたのです。翌日には、リリーとの!思い出を作りたいとの熱いご要望により、近くの出店でお食事をしましたの。そして別れの時に、リリーの為に!お花をプレゼントしておりましたわ」
リリーリリーと、いちいち強調するお姉様に何がしたいのと呆れてしまう。っていうか話、軽く盛ってるし。
「へぇ…随分楽しかったんだね」
うふふと楽しそうに笑うお姉様の話に、ヒースはにこにこと答えた。でも目が笑っていない。
「あら?殿下も嫉妬なさるのね?」
意外そうにへぇと反応するお姉様に、ヒースは嫉妬……?と少し考える様子を見せた。そして、なるほどと続ける。
「これが嫉妬かぁ……」
「あら、今更ですの?」
お姉様の呆れた様子に、おかしそうに笑いだすヒースはいつもと違って何かに吹っ切れたような笑い方をした。
「あっはは!そうだね、今更気付いたよ」
そう言ってお姉様を真っすぐ射貫くように見つめるヒース。なんだか少しだけ暗いオーラを放っている気がして、ドキリとしてしまう。
「自覚していただけたようなら良かったですわぁ。私の大切な花が枯れてしまう前に気付いていていただけてよかったです。くれぐれも、花には適度な水をお与えくださいませ。たとえ国中から認められるような腕のいい庭師だとしても大切な花ひとつ守れない者ならば、私が直々に首を切ってしまうところでしたわ」
独特の言い回しに、私はこくりと首を傾げた。そして、あら、今のは庭師の話でしてよ?と言いカップの紅茶に口を付ける。それをやはりニコニコと見つめるヒースから一切目を離さずにお姉様は、お先に失礼いたしますと部屋から出て行った。今のは一体……と考えていると、ヒースが私に向き直る。既に暗いオーラは消えているようだ。
「さて、邪魔者は消えたし君から色々と聞こうかな」
邪魔者……!直球の言葉に私は思わず苦笑する。
「その子息ってやつから、他に何かされた?」
優しい口調で聞くヒースに私は首を振る。
「手も握られてない?」
まさかそんなことあるはずないと、私は再び首を振った。……何の確認だろう。そもそも初対面の相手の手を握るだなんて、貴族でなくてもマナー違反だと思うのだけど。
「あの花はどういう風に、なんて言って渡されたの?最初から詳しく話してくれる?」
困惑しつつも私は順を追って説明する。別れ際に、またねと言いながら手品で花を出して渡してくれた
と説明すれば、手品ね……とヒースは目を細めた。
「まさかその手品に君も惹かれた?」
「そ、そんなことあるはずないじゃないですか!」
「ん~?心配だなぁ。君は優しいから、この先がとっても心配だよ。今からでも我儘なご令嬢に戻ってくれていいんだよ?」
そんな冗談のようなヒースの言葉に、私はぶんぶんと首を振って否定した。
「私はヒース様一筋ですわ!大好きです!大大大好きです!!」
「うん、僕も。ネリネのことが大好きだ」
思わずはっとしてヒースを見る。いま、何て……。
「ん?ネリネのことが大好きだよ?」
私の疑問にどうしたの?とヒースが答える。
「え、えっと……名前を初めて呼んでくださったので……」
「ダメだったかな?」
「い、いえ!う、うう嬉しくて!」
震える声のまま言えば、ヒースがふふっと笑い出す。
「わぁ、真っ赤だ」
おかしそうに言うヒースの言葉に、私は一層恥ずかしさが込み上げて両手で頬を包んだ。
「あっ!お土産があるのですわ!」
つんつんと頬を突いてきそうヒースから逃げるように、私は用意していたお土産に手を伸ばす。
すると本当?と言って嬉しそうに口角を上げるヒース。私は綺麗に梱包された小さな包みを手渡した。
開けてもいい?と確認し、私がもちろんですと答えれば、丁寧に包みを解き始める。
そしてそこから現れた小さな小瓶にヒースは、わぁと声を上げた。
「花の砂です」
小瓶に入ったクリーム色の砂は、今回訪れたピラカンサの砂浜で採れる希少な砂だ。名前の通り、一粒一粒が花のような形をしていて、とても可愛らしい。前世で言う星の砂のようなものに似ているけど、こちらは正真正銘の砂である。
私たちが散策していた砂浜でも採れるが、見つけるのにかなり時間を要すし、人に踏まれてしまえば欠けてしまうらしく、立ち入りが規制された専用の砂浜から集めているらしい。
「ありがとう……大切にする」
そう言って笑いかけるヒースは大切そうに小瓶を包み、再び花の砂に目をやる。
ヒースの手の中の花の砂は、光に反射してきらきらと煌めいているように見えた。
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