6.悪役令嬢は蠑キ蛻カ縺輔l繧
「ネリネお嬢様、お茶のご用意ができました」
「ありがとう。わぁ!マカロン!」
お茶の用意がされたテーブルに、大好きなマカロンが並んでいるのを見つけた私は思わず声を上げる。それを見て嬉しそうに笑うスーザンは、また用があればお呼びくださいと言って部屋を出て行った。
窓から漏れる木漏れ日に、今日はいつもに増して暖かくて……お昼寝日和だな、なんて思う。
今日は久しぶりの休息日だ。ヒースとの顔合わせが終わり数日が経つ。仮、とはいえ婚約者の出来た私は前にも増して勉学に忙しい毎日を過ごしていた。
早速良い香りの漂うお茶に手を伸ばし、一口飲みながらふぅと息を吐いた。
最近はこんな風にゆっくりとお菓子に手を伸ばす時間も取れなかったせいか、いつも以上に美味しそうに見えるお菓子に目が輝いてしまう。
とはいえ、今日は勉強とは別にやるべきことがある。引っ張り出してきたノートを傍らに開いて、一口齧ったマカロンを皿に戻すと、私はもぐもぐと口を動かしながらペンを握った。こんなところを誰かに見られればマナーが悪いと怒られてしまいそうだけど、今は部屋に私一人だ。
「まずはあらすじについて、ね」
前世の記憶をさらうべく、私はこうしてノートに向かう。そう、私は自分の処刑を回避する方法を考えなければいけない。このままでは死んでしまうかもしれないのに、おちおち過ごせるはずない。
だというのに、毎日のハードなスケジュールに邪魔されて、色々と考える時間が取れないでいたのだ。
あらすじをざっとさらった後で、登場人物をさらさらと綴っていく。
主要キャラは、四人。まずは私である悪役令嬢のネリネ。そして、その婚約者の王太子ウィリアム。そしてネリネと親友であるヒロインのジャスミンに、ウィリアムの弟である第二王子のヒース。
あとは、バッドエンドについてだ。
ネリネは、ジャスミンへの嫌がらせと共に、王太子暗殺の罪で処刑。
処刑……書いていて手が震えだす。そもそも王太子暗殺の罪っていうけど、勝手に死んだのウィリアムだし!なんて、苛立ちを感じてしまう。
いや、そこについて色々考えていても仕方がない。そう自分を抑えて、続きを書く。ジャスミンは、悲恋に思い悩み自殺。ウィリアムは、そんなジャスミンを助けようとして巻き込まれて死亡。
そしてヒースは……死なない。四人の中で唯一死亡しないキャラだ。
だけど、じゃあハッピーエンドなのかと聞かれれば、そうではない。死んでしまった兄の継承権が引き継がれ、結局ヒースが国王へと押し上げられる。
小説の最後でヒース目線で語られた気持ちは、悲痛そのものだった。
この全員バッドエンドの中、私の処刑を回避するためには……とそこまで考えて、手が止まる。
「私だけで、いいの?」
思わず出たその独り言に、私は俯く。
私が回避できたところで、大好きな推しが最愛の兄を失ってしまう。それに……
私は今書いたばかりの『処刑回避』の文字に二重線を引っ張った。そして、大きく下に書き出す。
『全員、ハッピーエンド!』
うん、と頷く私は再び考え出す。
きっと私だけ助かっても良い気持ちになんかなれない。だけど……ふと思い出す。
ルートの破綻。シナリオの強制力。
前世で読み漁ってきたたくさんの作品に当たり前のように出てきた言葉。私はそれを気にも留めずに読み流していたけど、自分自身に起きて初めて考える。
私が読み漁っていた作品の転生者たちは、誰もが都合よく幸せに進み、試練が起きても乗り越え、作品に彩りを生んでいた。
私も同じように進むの?それとも私自身の意思で動かなければいけない?どうすれば……どうなるか……考えても分からない。
いま私が居るこの世界は、少なくとも創作された世界に感じられない。だってこの肌で感じる世界は、間違いなく……現実だ。
そもそも“私”という異物が流れ込んでしまったいま、ネリネはこの作品に出てくるネリネではないわけで。この作品、世界って、どうなってしまうのだろう。
「どうしよう……」
そう自覚した途端に、恐ろしくなった。
文章でいくら説明されても想像するだけだったその世界が、目の前に現実として広がっている。
腰掛けたソファの感触、漂う紅茶の甘い香り、窓の外から聞こえてくる鳥のさえずる声、そして目の前には確かに掴めるカップやお菓子。
全てを頭が理解した時、息苦しさに目の前が白黒に点滅した。
私があの頃楽しんでいたこの物語もあの作品たちだって、しょせん作られた世界だったということ。
そんな当たり前のことに気付いて、頭の中が、身体中が、ひんやりと冷えていく。だって、だって私は今。
『ルートの破綻。シナリオの強制力。』
それらを考えられなくなるくらい、出会ってきた人たちに苦しんでほしくない。
たとえ私の大好きな作品であるこの世界が破綻しても。
たとえシナリオの強制力という、訳の分からない力に支配されていても。
試練なって!彩りなんて!そのどれもを捻じ曲げてでも私は幸せにしたい!
そう、思ってしまう。
それこそ、私はこの作品には邪魔な存在だ。
どうしよう、どうすれば、どうしたらいい、わた、私は、わたしは、わた
『大丈夫。幸せになれるよ』
突然響いた気がする声に、あれ、と思った。
思考が軽くなっていく感覚に驚く暇もなく、瞼が急激に重たくなる。
なんだかいっぱい考えたせいか、幼い私の体力ではここまでらしい。
薄れゆく意識の中で、聞こえた気がする声に不思議と気持ちまで軽くなった気がした。
「ネリネお嬢様、起きてくださいませ」
スーザンの声にハッとして起き上がる。どうやらソファでうたた寝をしてしまったようだ。いくらこの部屋に一人でお昼寝日和だと言っても、これはよろしくない。まだ寝ぼけ眼にむにゃむにゃとしていると、スーザンからの言葉に電撃が走った。
「いま、第二王子殿下がいらっしゃております。お支度をいたしましょう」
「えっ!?」
や、やばい!と思い一気に体が伸びた。勢いよくソファから立ち上がると、閉じられたノートとペンを引き出しにしまう。ドレッサーの前に座り、私の髪を丁寧に且つ迅速にスーザンが結い直した。いつもの完璧なハーフアップの完成である。
あとは軽く化粧を直して、ほんの十分ほどで私の支度は終わった。これなら待たせたうちにぎりぎり入らないだろうと急く気持ちを抑えて、私はヒースのもとへ足早に向かう。
「休息日だって聞いて、来ちゃった」
客間に入ると、今日も絶好調な私の推しがソファで紅茶を飲んでいるところだった。
な、なんて可愛らしい!と思いながら、私は会えた喜びから頬を緩め、その向かいに腰掛ける。
「あれ、もしかして寝てたの?」
「え、いや、あの……!」
何でバレた!?と思いつつ、慌てて否定しようとするけど、ヒースは疲れてたよね、ごめんねと言って謝った。元気いっぱいです!と、ぶんぶん首を振ると、ヒースはにこりと微笑んだ。
「勉強はどう?」
「うっ……覚えることがいっぱいで……」
まさかの話題に言葉が詰まってしまう。仮婚約が結ばれた後、難しい内容のものが増えたのだ。
私の反応に、ヒースはうーんと考えてから言った。
「何か分からないことでもあった?僕でよければ教えてあげられると思うけど……」
二つ下とはいえ王子のヒースは、私が勉強している範囲なんてとっくに終わらせているのだろうなと思う。きっと一令嬢の私なんかより、勉強はハードだろう。
ヒースの言葉に少し考え、そういえばと頭に浮かんだそれを聞いてみることにする。
「
「あぁ……」
御神力ね、とヒースが答える。
この力は、この国の男系王族に必ず発現するとされる力だ。神のような力、ということから御神力と呼ばれている。
例えば国王には疲労回復の力があり、兵士たちの疲れをまたたくまに癒し、戦争ではその御神力から戦死者を抑えることができたという。また、ウィリアムの力は怪我を癒す力で、病気や風邪といった以外の物理的な負傷に関しては癒すことができるらしい。
そしてヒースに関しての力は、小説内で『予知の力』があると語られていたのだけれど……。
「僕には御神力はないから、あんまり詳しく話せるかどうか……きっと教師から聞いたようなことしか話せないと思うよ」
「えっ……」
早速聞こうとしたことを話され、私は馬鹿正直に驚いた声を出してしまった。慌てて口を抑える私の様子に、ヒースは困ったように笑う。
「びっくりするよね、僕だけなくって」
そう、御神力についての教師からの説明に、ヒースの力についてだけ触れることはなかったのだ。
質問してみても、微妙な反応だけを返されてしまい、疑問に思っていた。きっとこのことについて語るのは、不敬罪と見做される恐れがあると危惧してのことだったのだろう。
「見損なった?」
「そ、そんなこと絶対にありません!」
私が慌てて否定しても、そう?と全く信じていなさそうなヒースに、私は続ける。
「たとえ、そのような力がなかったとしも!私にとってヒース様が特別であることに変わりはないし、そもそもその存在自体が特別なのだから、力の有無なんて関係ありません!大好きです!大大大好きです!!!」
「……ありがとう」
そう言ってふにゃりと笑い照れるヒースに、私も一緒になって照れてしまう。
くっそ可愛い!御神力とか別になくたって、こんなに可愛いのに!逆にこんなことで私の気持ちが揺らぐとか思ってるところも可愛いわ!
「そんなことより、遊びましょう!」
気持ちが抑えられなくなる前に話題を逸らす。
すると、ヒースは少し目線を外して言った。
「うーん、今日は帰ろうかな。疲れも溜まっているだろうし」
「えっ……帰っちゃうんですか」
返ってきた思いがけない帰宅発言に、私の心がしゅんと萎れる。
逆にヒースは私の反応ににやりと笑った。
「どうしたの?寂しくなっちゃった?」
くっ……!心がぎゅっと掴まれる感覚に苦しみそうになるのを堪えて、私はこくんと頷くのが精いっぱいだった。
「君は可愛いなぁ~。また会いに来るから、ちゃんと休むんだよ」
にこにこ顔のヒースは、また来るねと言いながら立ち上がる。
私はヒースを見送ると、ようやく落ち着いた気持ちの中で芽生える疑問に首を傾げた。
どうして、小説と違うの?
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