4.悪役令嬢は告白する2
「どうして僕に?」
ちょこんと首を傾げるヒースに、私はやっと口を開いてくれたと少し安堵した。
どうして僕に?というのは、きっと突然なんで告白したの?という意味なのかなと思う。そりゃあ、あんな大事な場で告白したら色々勘繰るかもしれない。王妃になりたくないとか、そういう風に捉えられてしまったのかなと思い答える。
「私がヒース様にひ、一目惚れしてしまったのです。あの、王妃になりたくないとか、逆に特別なりたいとかも思っていませんし、もしもヒース様がいらっしゃらなかったらあのまま婚約を結ぶつもりでしたわ」
「嘘だ……」
そう言って、にこにこしていた表情が少し真顔になった。
「ほ、本当です!例えばヒース様の笑んだような目元、自然と口角の上がった口元なんて愛らしくて、心臓が飛び出るかと思いました!ふわふわの髪なんて、今すぐ撫で回したいほどに素敵です!」
早口で捲し立てる私に今度こそ少し引き気味になるヒースに、私はハッとする。もしかして、顔だけが目的だと思われてしまったかもしれない。
「も、もちろん好きになるきっかけがお顔だったというだけで、これからどんどんヒース様の中身も知っていくつもりですわ!それにこの少しの間にも、こんな事態にも関わらず冷静さを欠かない一面を知れて、益々好きになりましたの!」
こんな事態とは、まさに私がもたらしたものなのだけれど……。そこは棚に上げて、必死に訴える。
「わ、分かったから。もういいよ……」
どうやら私に気圧されたらしく、ヒースは用意された紅茶を静かに口に含んだ。私もそれに倣い、紅茶を飲む。緊張でほとんど味が分からないけど、なんだか少し気持ちが落ち着くなと静かに息を吐いてからカップを置いた。
そしてまっすぐヒースを見て言う。
「大好きです!……ヘヘッ」
真剣に宣言したかったのに、最後は照れ笑いを溢してしまった。
こうして、最初のお茶会は私の熱烈な告白で幕を閉じたのであった。
もちろんヒースの存在は小説にも出てくるので知っていた。顔合わせのシーンは小説内では出てこないので、まさか最初にヒースに会うとは思わなかったけど。会うって分かっていたら、絶対にこんなドレスで来ない。っていうか!ドレス!……見られてしまったのだから、ひとまず置いておくけど。
ウィリアムを好きにはならない自信があると言ったのは、実はヒースの存在も大きい。
何を隠そう!私の前世での最推しキャラこそ、あのヒース様なのである!!
さすがに漫画化前に前世とおさらばした私だから見た目なんて分からなかったけど、こうして現世で再び出会った瞬間に心が震えた。もう私の細胞から何から、全てが言っていたのだ。
ヒース、可愛すぎる!大好きすぎる!推しに会えただけでも最高なのに、見た目がドストライクだ!!!……と。
まさか前からあなたを知っていて、会った瞬間に更に大好きになっちゃいました!なんて言えるわけないので、建前上は一目惚れとさせてもらった。まぁ、嘘ではないよね。
「噓でしょ!第二王子に告白!?そいつはリリーに相応しい相手なの!?」
家に帰るや否や、顔合わせは失敗した?と物騒なことを聞くお姉様に私はことのあらましを説明した。
……っていうか、この姉、もしかしてこのドレスのけばけばしさも考えのうちだったのでは?なんて勘繰ってしまう。
「本当に素敵なのよ、ヒース様は!」
「……そう。そんなになるほど好きな相手になのね。チッ」
私はいま、自室のソファで溶けている。まさか令嬢がこんな格好をするなんて褒められたものじゃないけど、今はお姉様と侍女のスーザンだけだし、お姉様だって舌打ちしてるのだから許してほしい。
そんなお姉様は話を聞いた途端、今からお父様に言って……でもリリーは喜んでいるし……と、何かと格闘しながら部屋をぐるぐる歩き回っている。
「お姉様!私、今とっても幸せなの!」
心のままに言う私に、お姉様はぴたりと動きを止めた。そして少しだけ寂しそうに笑う。
「できればお姉様である私があなたを幸せにしてあげたかったのに」
「もちろんお姉様との時間も幸せだわ!」
「分かってる……でも」
何か続けようとして、お姉様はふるふると首を振った。
「いいえ、リリーが幸せなのが私の幸せだもの。お姉様も喜ばないとね」
そう言って溶ける私の横に腰掛けると、にこにことしながら私を見つめた。
「もしリリーが第二王子様と破局することになっても、私がリリーを受け入れるから安心しなさい」
「お姉様!そんなこと!」
「冗談よ」
くすくす笑うお姉様に、私は頬を膨らませた。
「でも、何かあったら言ってね」
穏やかに言うお姉様に、私はありがとうと返す。
すると、扉のノックが響いた。
「ネリネ。あら、ローザもいたの」
入ってきたのはお母様だった。私はノックと共に慌てて起こした体を伸ばし、バレないようにドレスの皺を整える。
「お父様から経緯は聞いたわ」
いつになく神妙な面持ちで告げるお母様に、私は真剣な顔ではい、と返事をした。
きっと私が王妃に相応しいようにと日々教育を行ってきたのだろうお母様にとって、この報告は胸を締め付けられるようなものだったに違いない。
「どうして言ってくれなかったの?」
お母様の言葉に、私は訳が分からず首を傾げる。
「もう少し優しくしろってバーノンから叱られたの。私、そんなに怖かったかしら……」
どうやらお母様の言いたいことは、顔合わせとは別のことのようだ。きっと顔合わせの報告とは別で、お父様は馬車での話をしたのかもしれない。
「いつもネリネは私の言うことを素直に聞くから、少し厳しくなりすぎていたのかもしれないわ……だけど」
そう言ってソファに近づくと、私の目線に合わせてしゃがむ。ふわりとバラの香りが漂った。
「ネリネに怖いと思わせていただなんて、私知らなくて……ごめんなさい」
そう言って謝るお母様に、私は慌てた。っていうか!お父様、約束破ったな!
だけど知られてしまっているなら仕方がない。ここは腹を決める。
「た、確かにお母様はとても厳しくて、少し怖いと思うこともありました。だけど、それは私のためを思ってのことだと理解しています。私こそ、第一王子との婚約を無下にしてしまってごめんなさい……」
お母様は首を横に振る。
「今度からはもっと優しくできるよう約束するわ」
「お母様……」
目元が潤んでくるのを感じて、私はにこっと笑う。これ以上涙が出てこないようにしながら、お母様にありがとうと告げた。
「でも……私が王妃になれないこと、お母様は怒っていませんか?」
私が恐る恐る聞くと、お母様は首を横に振った。
「もちろん王妃になるということは、とても誉れ高いことだわ。でもそれと同時に重圧のかかる役目でもある。あなたが好きな人と結ばれて幸せになろうとしているんだもの、それが一番嬉しいことよ。……少しおかしい考えかもしれないけれど」
そう言って少し恥ずかしそうに笑うお母様。確かにこの時代にこんな考えの親は珍しいのかもしれないけど、前世の記憶がある私としては心から嬉しいと感じた。家の繁栄が第一の考えが主流だから、きっとお母様の言葉は少数派かもしれない。
「ところで、ドレスについても話を聞いたのだけど、落ち着いた色味のドレスが欲しいそうね?」
そうそう、と続けるお母様の言葉に、ぴくりと反応したのはお姉様だ。
「ローザ、どうしたの?」
その言葉に、分かりやすく動揺するお姉様。
「わ、私はネリネにはお姫様のような可愛らしいピンク色のドレスをいつまでも着ていてほしいですわ」
そう進言するお姉様に、私が割って入る。
「いえ、お姉様。私ももう九つですわ。いつまでもお子様のようなドレスでは、いつか馬鹿にされてしまいます」
「そうね、そろそろローザの意見よりもネリネ本人から聞くべきだわ」
真剣に言う私に、いや、でも、と言葉を続けようとしたが、お母様の言葉にお姉様がぴたりと動きを止めた。
ローザの意見……?
「もしかして今までのドレス、お姉様が決めていたのですか?」
「決めていたのは私だけれど、ネリネはいつだって私にお任せするわと言っていたじゃない?きっと私から聞いても遠慮してしまうのではないかと思ったから、ローザから好みを聞いておいてと頼んでいたのよ」
確かに私はお母様にいかに評価してもらえるかを気にしていたので、自分の好みよりもお母様のお眼鏡に合うものをと考えていた。それでいつでも変わらず同じ答えの私に痺れを切らせ、代わりにお姉様に聞いてもらうことにしたらしい。
確かに昨日までの私なら、お姉様分かってるぅ!となるところだが……今までの記憶を遡っても、お姉様からドレスの好みについて尋ねられたことは一度もない。
まさか本当にお姉様の策略のうちだったなんて!
少し睨んで見つめる私の視線から目を逸らしながら、だって……と小さくつぶやくお姉様。
「私にとってのネリネは可愛くて幼いままだったんだもの……」
そんな風に言われてしまったら、なんだか言い返すことも躊躇われた。
「でも、今日のことでネリネも大人になってきているのが分かったわ。ごめんなさい」
しおらしくなるお姉様に、私はうんと頷いた。
だけど最後にぼそりと、まぁもう意味ないし……と、聞こえたような気がするけど、聞かなかったことにする。私も大人になってきてるしね!
さて、こうなったら早速仕立て屋を呼びましょうと笑うお母様に、私は笑顔で頷いた後、あっでも、と止める。危ない、なんだか流されてしまうところだった。
「そういえばまだ言っていなかったことがあって……」
私の言葉に、お母様がどうしたの?と笑顔で再び目線を合わせてくれる。
「お父様も、お母様が怖いって言ってましたわ」
これでおあいこね!と心の中でほくそ笑んでいると、お母様の目がくっと吊り上がって、仕立て屋は後にしましょうと、そそくさと出ていく。
娘との約束を破るなんて、大罪よ!大罪!ふん!と思っていると、やっぱりこの家の血が流れているのね……と言って、お姉様がくすくすと笑った。
お母様の怒りという名の処刑が執行され、後になって私はお父様から平謝りを受けるのだった。
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