3.悪役令嬢は告白する1
家計の切り盛りは基本的にお母様の仕事のため、仕立て屋に注文をするのはお母様だ。それにドレスやアクセサリーといったものは、全てお母様が管理している。
「ネリネから頼む方が早いと思うのだが……」
「だって!お母様、怖いんだもの!」
思わず言ってしまってから後悔するように口を手で覆った。興奮しすぎて、言わなくてもいいことまで口走ってしまった。やばい!やっちまった!と思いながらお父様を見ると、お父様は目を丸くさせた後でブッと噴き出す。
「アッハッハ!!そうか、シエラは怖いか!クックッ……!」
そう言いながらうっすら涙を浮かべて大笑いするお父様に、今度は私が目を丸くさせる番だった。
こんなに笑ったお父様を見るのは初めてだ。てっきりお母様のことをそんな風に言うなと窘められるかと思っていたから、こんなに笑い出すとは思わなかった。
「あっ……えっと、お母様には言わないでください……」
「フッ……分かったよ」
まだ少し糸を引いたような様子のお父様に向かって、気まずくなりながらも頼むと、お父様は柔らかい表情で頷いた。
「しかし……ネリネは大きくなったなぁ」
笑いが引いた頃、突然お父様がしんみりと呟いた。
ネリネが秘密を打ち明けてくれたんだ、今度は私の番だな。そう言って、お父様は頭を掻きながら小さく打ち明けた。
「実は、私はネリネに嫌われていると思っていたんだ」
「えっ!?そんなことないです!!」
「いつも仕事でネリネとはあまり話せる時間を作ってこれなかった。そうこうしてるうちに、どんどん関わり方が分からなくなってしまっていたんだよ」
ごめんなと言って、お父様が目を伏せる。
「ネリネと言葉を交わす度、どこか壁を感じてしまっていた。壁を作っていたのは私の方だったのにな。だからどんなことでも打ち明けてくれて嬉しいよ」
そう言ってからフッと笑うお父様に、私も笑顔を浮かべた。
なんだか少しだけお父様に近づけたような気がする。今までずっと緊張していたのは私だけじゃなかったことを知れて、どこかくすぐったいような気持ちになった。
「これからはもう少し一緒に話す時間を作りたいな……付き合ってくれるかい?」
「もちろんです!お父様!」
ありがとう、そう言ってそっとぽんぽんと頭を撫でるお父様の手はとても大きかった。
「ちなみに、私もシエラは少し怖いんだ」
「え!お父様もお母様が怖いんですか?」
驚きの告白に、私は声を上げた。まさかのお父様も怖いだなんて、考えもしなかった。
これは、内緒だぞ。というお父様に私は、二人だけの秘密です。と、ふふっと笑いを零す。
そろそろだ、そう言ったお父様の言葉に反射的に馬車の外に顔を向ける。クリーム色の外壁をした大きな建物が、大きな門の奥に顔をのぞかせていた。
あまりの大きさにわぁっと声を上げる私は、お父様から優しい眼差しを向けられているのを感じた。
王城に向かう馬車の中、私はこの日のことを忘れないだろうなと思う。
そしてそれは馬車の中での出来事に限らないことを、この時私はまだ知らないでいた。
王城に着いて案内されたのは、広い室内だった。恐らく謁見の間と呼ばれるようなところなのだろう。
案内される最中、きょろきょろしないように盗み見るお城の中は豪華で美しい物が溢れていた。
壁に描かれた花の絵が美しくて見惚れてしまう。だけどよく見ると直接彫られて色が付けられていて、私は静かに息を吐く。大きな窓は綺麗に磨かれており、時折置かれているチェストには金色に光る金具が取り付けられている。そこに置かれた真っ白な彫刻の顔や綺麗に花が生けられた花瓶は、そこにあるだけで一級の芸術品のようだ。というか、実際そうなのかもしれない。
私の家だってかなり広いし高価なものがたくさんあるはずなのに、ここにある物はそれ以上なのが私の目にも分かった。さすがはお城……触れないように十分気を付けないと。壊したら、どうなるか分かったもんじゃない。
案内された室内も、やっぱり豪華で煌びやかだった。その美しさに気を取られていたら、父親に促されてハッとする。
「ネリネ、挨拶を」
「ネ、ネリネ・カリプタスと申します」
嚙みそうになるのを何とか持ち堪え、軽く頭を下げた。右膝を曲げ、左足を後ろに引いて体勢をキープするけど、足がぷるぷるしそうになるのを筋肉に最大限に力を入れて踏ん張る。
「顔を上げなさい」
低く落ち着いた声が響いて、私は初めて国王の顔を視界に入れた。笑っているように見える糸目の目元に、結ばれた口元が一見優しそうに見えるけど、なんとも言えないオーラに私は完全にビビる。
隣に並んで座るのは、ティアラを乗せた王妃だ。波打つ金髪の髪は光を発しているかのように美しく、優し気な微笑みを浮かべた表情をしているけどやっぱりその放たれているオーラに更に体がかちこちになった。
「長男のウィリアムだ」
そう言って示された方を見れば、真顔でこちらを見下ろす年の変わらない少年がいた。マリンブルーの瞳が品定めするように、こちらを冷たく見ている。
え、格好良い。と、本能が私に告げ……しかし、次の瞬間に遮られた。
「次男のヒースだ」
再び示された別の方向を見れば、国王そっくりの糸目に口角の上がった口元の少年がいた。ふわふわしていそうな癖っ毛の髪は、王妃譲りらしい。
そしてその姿を見た瞬間、私の理性が吹っ飛んだ。
「す、好きです」
どんどん体が熱くなるのを感じながらも、その顔から目が離せない。
ヒースは眉を下げて私を困惑の表情で見ていた。あ、困らせてしまった。でも待って、可愛すぎるんだけど。
「な……!ネリネ!何を言っているんだ!」
叱るようなお父様の言葉が耳に入った瞬間、私は我に返った。
国王の表情は固まり、隣の王妃もあらまぁと言いながら口元を手で押さえている。ウィリアムでさえ、少し苛立っているような、はっ?こいつ何言ってるの?というような怪訝な表情でこちらを見ていた。
お父様は額に汗を滴らせて、目を吊り上げてこちらを見ている。こ、怖い。
「え、えっと思わず……!あ、ウィリアム様ももちろん格好いいです!だけど私、あの、ヒース様を好きになってしまって!」
慌てて思いつくままに言い訳をしてみたけど、言ってからフォローになってないわぁと思った。
私のバカ!と顔を強張らせたけど、もう遅い。先ほどまでの熱い体温が嘘みたいに冷たくなる感覚が広がっていく中、私がどうしようと目を泳がせていると、そこに思いがけない言葉が降ってきた。
「じゃあ、僕と結婚してくれる?」
声の主は、にこりと笑んだヒースだった。
途端に国王の、なっ!という一文字が響くも、搔き消すようにそれはそれは楽しそうな笑い声が響いた。
「ウフフフ!素敵じゃないですか、国王」
そう言って、そう思いませんこと?と共感を求めるのは、王妃だ。
「だが……」
「ウィリアムの婚約者候補なら、他にもいます。今ならこの席はなかったことにもできますわよね?」
悩む国王を説得する王妃は、始終にこにこと楽しそうだ。
「王子は国のために在るべき王族ですが、同時に私の息子でもあります。我が子ならば、幸せになってほしいと思うものですわ。それに……私たちの幼い頃を思い出してしまいましたの、ロリー様」
王妃が最後に国王を愛称で呼ぶ。きっと王族としてではなく、夫婦としての思い出があるのかもしれない。うっすら頬を染める王妃は、何だか可愛らしいごく普通の女性のようだと私は思った。
「ならば……返事をしてやってくれ」
やれやれとした表情を浮かべながらも、国王は私の目を見て穏やかに言う。
「僕と結婚してくれますか?」
ヒースが続ける。再びじわじわと熱を感じる頬を両手で押さえながら、私は恥ずかしさを堪えて言った。
「もちろんです。幸せにして差し上げますわ」
「随分大胆なご令嬢だ」
お父様が眉間を押さえてハーッと息を吐く中、国王が面白そうに笑う。
あ!ウィリアム!と、私は少し慌ててウィリアムを見た。完全に巻き込まれてしまった彼だったが、既にどうでもいいというように無表情に戻っていた。
小説では描かれていない顔合わせシーンだったけど、もう最初から私に対して良い印象はなかったんだなぁと思うと、この場を乱してしまった罪悪感が少し薄れる。
「ひとまず、形として顔合わせは後日行い、その時に婚約について話し合うこととする」
従者に向かって手続きの再準備だと指示を飛ばす国王の傍らで、王妃は私に向かってこっそりとウィンクを投げてきた。私もにこりと笑って会釈を返す。
「そのことですが父上、少しネリネ嬢と話す時間をいただけませんか」
するとヒースが思いがけない提案を言い出した。まさかの提案に私の心がざわつく。
「あまり時間はないが、許そう」
今から二人でお話イベント!?と、心の中で私が悶えている。
ということで、あれよあれよという間に私が連れてこられたのは、綺麗な花々が咲き誇る庭の一角だった。ガゼボが建てられ、いつの間に用意されたのか中央のテーブルにはティーセットやケーキなどが置かれている。
促されるままに真っ白なガーデンチェアに腰掛けると、その向かいにヒースが座った。にこにこと表情を崩さないヒースに、私はがちがちに緊張する。国王や王妃の時とはまた違うその緊張だけど、正直今の状況の方が逃げ出したい気持ちが強い。
「えっと……改めまして、ネリネ・カリプタスですわ」
心地よい春風に髪を揺らされ、温かな日差しに照らされ……いつまで経っても何も言わずににこにこと笑むヒースに、痺れを切らして発言した。先ほどもした自己紹介ではあるけれど、ヒースに対してはしていなかったので良いだろう。
それでもいつまで経っても返さないヒースに、若干涙目になりながらいたたまれなくなる。
「あ、あの白いお花綺麗ですわね」
何か話題をと花に目をやる。それでも何も言わないヒースに、もしかして怒らせてしまったのだろうかと今度こそ本気で泣きそうになって謝罪をしようと口を開こうとした瞬間、とうとうヒースが口を開いた。
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