2.悪役令嬢は思い出す2
ドレスを前に微動だにしない私の後ろで、ドレスに何か問題が?とざわざわし始めた侍女たちに一瞬の間が生まれた。
かと思えば、見ていて不憫になるくらい恐る恐るといった様子で一人が口を開く。
「大変申し訳ありません。このドレス以外の物は……その、用意がな、無くて……」
そして続けて出発までの時間内に何十着とあるドレスの中から別のドレスを選び用意する時間を設けられないことや、ドレスの変更にお母様の許可も必要であることが告げられた。
言葉を選びながら告げる侍女は、我儘令嬢のご機嫌を損ねてしまうと思ったらしく、謝罪をしながら額に汗を滲ませている。
正直、今までみたいに絶対にこんなドレス嫌よ!とか言って、極力地味なドレスに変えたいとか思ってしまったけど、懇切丁寧に謝罪を受けてしまえばそんな気も萎んでしまう。
しかも記憶にあるクローゼットの中は、どれも似たような系統のデザインばかり。私が恥ずかしくないと思えるドレスがあるか微妙だ。というか多分、無い。
「分かったわ。これにする……」
覚悟を決めた私に、侍女は目を丸くさせながら分かりやすく安堵の表情を浮かべてドレスを鏡の前から運び始めた。
反対に私といえば、ぶすっとした表情で鏡に映り込むドレスを睨む。あぁ、憂鬱だ。
まぁさすが小説キャラというのか、ぶすっとしていても可愛らしい。これが創作の世界か、なんて他人事のように思いながら、そういえばと思う。
朝は動揺で気付かなかったけど、髪をまじまじと見ると明るめのグレーに近い気がする。小説ではシルバーの髪色と表現されていたんだけどな。前世で言うシルバーアッシュとでもいうのかな?やっぱり言葉の表現って曖昧で、受け取る人によって変わるんだなぁ。なんて考えつつ、されるがまま支度が進められていった。
ちなみに化粧に関しては、薄い化粧という希望が通されたけれど、やっぱり不思議そうにチラチラとこちらの様子を伺いながら施していた。
あれだけ派手好きだったのに、突然地味がいい!なんて考えに変わったら、まぁ驚くのも無理はないよね。
そうして完成された私は、羞恥心を感じつつもまぁなんとかギリギリ心を保っていられるくらいの出来栄えだった。
「……今日、行くの辞める」
というわけでもなく。
恥ずかしさに今にも脱ぎ捨てたい衝動に駆られていた。だって!こんなの異性に見られるとか、死にに行くようなものでしょ!
え、もしかしてこれって処刑されるのと同じことじゃない?公開処刑ってやつ?
さすがに喚き散らさないものの、静かな抵抗を見せる私に侍女たちが作り笑顔を振り撒き始めた。
「ネリネお嬢様!とてもお似合いです!」
「そうですよ!まさにネリネお嬢様の為に存在しているドレスです!」
スラスラと褒め言葉を発していく侍女に、私は今にも泣き出しそうになる。今までだったら、あら?そう?なんて少しはご機嫌を取り戻していたかもしれないけど、こんなゴマすりじゃ意味がない。
ちょっとやそっとの褒め台詞じゃ響かないところまで、私の中での拒絶が激しい。
「リリー?準備はどうかしら?」
「お姉様!」
すると、扉からひょこっと顔を見せたのは姉のローザだった。ぷるぷる震える私の表情を見て、驚きながら部屋に入ってくる。
「リリー、どうしたの?」
「お姉様、私こんなドレスで行きたくないわ」
思わず愚痴を零すと、お姉様はこんなドレス?と私の格好をまじまじと見つめた。
「何故?リリーにとっても似合っているのに」
「似合ってなんかない!この顔面に合わないの!」
とうとう泣き出しそうになりながらも必死に訴える私に、お姉様は首をふるふると横に振った。
「何を言っているの?この世にリリーが着て似合わないものなんて……いや、そうね。確かにリリーが似合わないと言ったら似合わないのかもしれないわ。そうね、今日は行くのを止めてしまいましょう!そうよ、それがいいわ!!」
「……」
昨日夢で前世のことを思い出したばかりなせいか、私はすっかり頭から抜けていた。
小説に登場しないローザの性格を。この世界で育ってきた私にとってお姉様は家族で唯一私に
「今からお姉様が断ってくるから安心なさい。これで侯爵家が潰れても、私があなたを世界一幸せな子にすると誓うわ。その時は誰も知らない地で二人で旅をしながら商人なんてのもいいわね!田舎で農家なんてのも素敵!ずっと一緒ね!うふふ、こうなったらお父様を説得しなくっちゃ!!」
「お、お姉様!やっぱり私、このドレス大好きだわ!」
私に甘すぎるのだ。それはもう、シスコンと呼べるほどに。
「あら、そう?行ってしまうの?」
「えぇ、行きます!うふふ!ナンテステキナドレスカシラァ!」
お姉様は私のことが大好きなのだ。私と一緒に居られるのであれば、侯爵家が潰れてもいいと思っているくらいには。というか今一瞬むしろ嫁がなくて良くなる分、本気で潰そうと考えていたかもしれない。
なんだか子犬のようなつぶらな瞳でお姉様はこちらを見ているような気がするけど、私は必死にドレスに見惚れる振りをして気付いていないことにした。
「リリー、気を付けていってらっしゃい……チッ」
こうしてお姉様はとぼとぼと私の部屋を後にした。
部屋を出る瞬間、令嬢が絶対にしない舌打ちのような音が聞こえた気がするけれど、きっと気のせいだと思う。
こうして準備を整えた私は、馬車に揺られてお城を目指していた。
王太子……いまはまだ第一王子の呼び名で呼ばれている人との婚約の顔合わせのためだ。
ウィリアム・ダフネ・サンセベリア第一王子。
ここ、サンセベリア王国の第一王子であり、小説『翁草』のヒーロー。そして悪役令嬢ネリネの婚約者というポジションだ。
小説の中でのウィリアムは正義感溢れる男前という印象で、媚びへつらいや曲がったことが嫌いな性格だった。そんなウィリアム相手にネリネはそれをことごとく行っていく。
今の私だから分かるけど、ネリネは周りに八つ当たりするという形で甘えてきたことを考えれば、恋愛に対しても不器用だったんじゃないかと思う。だから安直に相手をとにかく褒めておこう!みたいな考えに至って、結果的にウィリアムの不興を買ってしまったんじゃないかな。
ちなみに前世の記憶のある今の私は、きっとウィリアムのことは好きにならないだろうという自信がある。っていうのも、確かにヒロインをいじめるネリネの行いは褒められたものじゃないけれど、それに至る一端を担っているのは紛れもないウィリアムだから。
そもそもヒロインがネリネからの嫌がらせを受けるきっかけは、ウィリアムとヒロインが二人でお茶会をしていたからだ。親友と婚約者が知らないところで二人きりで仲良く遊んでいたら、怒るのも当たり前だよねっていう。
だけど小説の中では、ウィリアムはあくまでネリネを待つ間にヒロインの相手をしていたという意識があるせいか、二人きりのお茶会に対しての罪悪感は微塵も感じていなかった。
「顔色が優れないが、大丈夫か」
「あ、はい。大丈夫です」
小説について考えていると、突然声を掛けられた。馬車の中、目の前にどっしりと腰掛けているのはお父様だ。あまり二人きりで話したことがないせいか、どうしたらいいのかよく分からなくて黙っていることにした。前世の記憶を思い出して少し精神年齢が上がった気がするけど、やっぱり緊張するものは緊張する。
「今日のドレス、似合っているよ」
「……ありがとうございます」
またドレスか、と思い視線を下げる。
きらっきらのゴージャスな布が目に入って、再び逃げ出したい気持ちになる。気のせいか、胃までムカムカしてきた。
そんな私を見ながら、お父様は少し考えてから言った。
「だが……もう少し落ち着いたドレスも似合うんじゃないか」
「え……」
驚いてフリーズしていると、お父様は慌てて言葉を足した。
「いや、あれだ。そのドレスはとても似合っているよ」
どうやら言葉に詰まった私に、ショックを受けたと勘違いしているようだ。少し慌てているようで、先程言っていた褒め言葉を繰り返していることに気付いていない。
きっと昨日までの私なら、考えてみますとにっこり笑えたのだろうけど、今の私にはそれができなかった。だって……。
「お父様!私もそう思います!!やっぱり落ち着いた色味のドレスの方がいいですわよね!」
「あ、あぁ……」
だって!私の心を汲み取ってくれたようで嬉しかったから!みんな口を揃えて、お似合いですってバッカじゃないの!?って、正直暴言を吐きたい気分だった。
高まる気持ちをそのままに食い気味に肯定する。驚きつつも返事をするお父様に対して、今にも飛びつくのではという勢いで私はさらに続けた。
「みんな、このドレスが私の顔に似合っていないことに気付かないんですもの!お父様が気付いてくださって私、嬉しいんです!!さすがお父様だわ!」
ようやくまともな感性の人間が近くに居たことに嬉しくなって、緊張も忘れて興奮気味に私は言った。いつも真顔のお父様がなんだかぽかんとした様子で私を見ている。それが少し面白い。
「お父様からお母様にこっそり言ってもらえませんか?」
「シエラにか?」
「はい!そろそろ落ち着く年だとかなんとか言ってもらえれば、お母様も私のドレス選びに地味なドレスを候補に入れていただけると思うの!」
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