第15話 由梨江さんとレジェンドさん
「どうやら、なんとか間に合ったようだね。ここまで来る途中に警察車両に追われたりして色々と大変だったが、私の
「れ、レジェンドさああああああああああんっ!」
絶妙なタイミングで僕のピンチに駆け付けてくれたレジェンドさんに、僕は歓喜に震えた声でその名を叫んだ。
まさか一度や二度ならず、三度もこうしてピンチに駆け付けてくれるだなんて。なんか不穏なセリフがあったような気がしないでもないけど、そんなもんは全力でスルーだ!
「ちっ。余計な邪魔が入りましたわね」
そう忌々しそうに舌打ちしたあと、瞬時に僕から離れて臨戦態勢に入る由梨江さん。僕を押し倒したままの状態ではとっさに反撃できないと考えての行動だろう。
僕もこの好機を逃さず俊敏に体を起こして、レジェンドさんの元へとすぐさま駆け寄る。
「ありがとうございますレジェンドさん! 本当に助かりました!」
「いやなに、当然のことをしたまでさ」
言って、レジェンドさんはグッと親指を立てた。
かっけー。超かっけー。
ここ数日すっかり下がり気味だったレジェンドさんへの評価が、今回の件で一気に爆上がりだ。もうカッコ良過ぎて後光すら差して見えるよ。
「あれ? ていうかレジェンドさん、どうしてここに? 姉ちゃんとの修行はどうなったんですか?」
「ああ、早絵なら今も一人で修行しているよ。その早絵から『私のサイドエフェクトが、今すぐ湖太郎を助けに行けと言っている』と神妙な顔で言い出してね。それで急遽、修行で忙しい早絵の代わりに、私が少年──湖太郎くんの様子を見に来たというわけさ」
「さ、サイドエフェクト……?」
なにその特殊能力。ていうか、いつの間にそんな能力(しかも予知系)が姉ちゃんに備わっていたんだ?
「まあそれ以前に、あのゴスロリ少女が湖太郎くんを狙っていたのは知っていたからね。早絵から頼まれるまでもなく、一度様子を見に行こうとは思っていたのだよ。それで今日の朝、早絵のお告げもあって急いでここに来てみたら、案の定だったというわけさ」
「なるほど……」
つまり、こうして僕が無事に助かったのも、すべて姉ちゃんのおかげということになるのか。
しかし、あの姉ちゃんがねえ。てっきり僕のことなんて便利な道具としか思っていないとばかり思っていたけど、これは認識を改めた方がいいかもしれない。
「ああそれと、早絵からの伝言なのだが、なんでも『今月出るアニメの限定版ブルーレイボックス(税込み三万七千八百円)で、この借りはチャラにしてやる』とかなんとか言っていたぞ」
「──って、結局そんな理由かよ! つーか、そんな値段の張る物を買わせんな!」
前言撤回。やっぱ姉ちゃんは姉ちゃんだった。あのゲスめ。
「なるほど。得心がいきましたわ」
と、それまで僕らの会話に黙って耳を傾けていた由梨江さんが、一人納得したように頷きを繰り返して、おもむろに口を開いた。
「どうやってこんな絶妙なタイミングで邪魔ができたのかと不思議に思っていましたが、そういうことだったのですわね。見えない絆とでも言いますか、さすがは血の繋がった姉弟なだけのことはありますわね。兄妹がいないわたくしにしてみれば、心の底から羨ましい限りですわ。このような愛らしい弟さんがいるということも含めて」
うふふ、と怪しく瞳を輝かせる由梨江さんに、僕はぞっと寒気を覚えて両腕を抱いた。
あれは絶対兄妹を欲しがっている目じゃない。好みのショタを狩ろうとしている獣の目だ。いや、むしろケダモノだ!
「おっと。私の見ている前で湖太郎くんを襲わせはしないよ。大事な弟子の弟くんなのだからね」
そう言って、レジェンドさんは僕を庇うように片腕を広げて前に出た。
なんて頼もしい人なんだ。お面さえなければ惚れていたかもしれない。
「できれば、今日のところはおとなしく帰ってもらいたいところなのだがね。こんなところで暴れでもしたら湖太郎くんに迷惑がかかってしまうし、なにより、早絵には万全の状態の君と戦わせてあげたいしね。君も早絵がどれだけ修行で強くなったか、少しくらいは気になっているのだろう?」
「…………」
レジェンドさんの言葉に、由梨江さんは肯定も否定もせず静かに目を細めたあと、それまでの臨戦態勢を解いて悠然と腕を組んだ。
ややあって、
「……ま、わたくしとしても湖太郎さんにご迷惑をかけるような真似は避けたいところですし、今ここであなたと戦う気はありませんわ。それにどんな修行をしているかは知りませんが、ずいぶんとそのお弟子さんに期待を寄せているようですし」
──その期待を完膚なきまでに叩き折ってみるのも、また一興ですわ。
と、口端を歪めてレジェンドさんを見据える由梨江さん。その嗜虐的な笑みに、僕は思わず身を竦めた。
きっと由梨江さんは、自分が負けることなんてありえないとでも思っているのだろう。事実、この間の戦いでも姉ちゃんを容易くあしらっていた。
不良どもを圧倒したあの姉ちゃんですら、全然刃が立たなかったのだ──その実力は正真正銘本物である。
果たして姉ちゃんに勝ち目なんてあるのだろうかと、どうしても疑念を抱いてしまうくらいに。
でもレジェンドさんは、そんな僕とは違って微塵も動じず、
「まあ、明日を楽しみに待っているがいいよ。そこで君は、釘宮流の真髄を垣間見ることになる」
「……それはそれは、お話を聞くだけで胸が踊りますわ」
レジェンドさんの自信に溢れた態度が気に入らなかったのか、言葉とは裏腹に由梨江さんは冷ややかな目線を送って、玄関の方へと歩き始めた。
「それでは、わたくしはこのへんでお暇させてもらいますわ。湖太郎さん、今日はあまりイチャイチャできませんでしたけれど、明日からはいっぱい愛し合いましょうね?」
そこまで言って、由梨江さんは不意にこちらへと振り返り、チュっと僕に投げキッスを送ってぎゃあああああああああああああっ! 鳥肌があああああああああああああ‼
「では、ごきげんよう」
そう別れを告げて。
由梨江さんは静かにリビングから姿を消した。
やがて聞こえてきた玄関の開閉音に、僕は深い溜め息と共にその場にへなへなと座り込んだ。
「はあ~。ほんと酷い目に遭った……。今日はなんて一日なんだ……」
「お疲れ様だったね、湖太郎くん」
情けなくへたり込む僕に、レジェンドさんは労うようにぽんと軽く肩を叩いた。
「レジェンドさん、今日は本当にありがとうございました。あともうちょっとで由梨江さんに貞操を奪われるところでした」
「年頃の男の子としては、ああいった綺麗な女の子に襲われるのはまんざらでもないんじゃないのかい?」
「冗談でもやめてくださいよ……」
確かに見た目は綺麗だけど、あんな変態と関係を持つなんて死んでもごめんだ。思春期の男の子だからって、だれかれ構わずそういった行為を求めるわけではないのである。
「ところで、あんな大見得を切って大丈夫だったんですか? この間の勝負を見ていた限り、姉ちゃんが由梨江さんに勝つビジョンなんて全然見えてこないんですけど……」
「心配ないさ。早絵は以前よりも確実に成長しているよ。あの由梨江とやらも相当の実力者のようだが、今の早絵なら十分通用できると保証しよう」
へえ。姉ちゃん、ちゃんと真面目に修行しているんだな。レジェンドさんの話だと、だいぶ強くなっているみたいだし、少しぐらいなら期待できるかもしれない。
「さて、私もそろそろ帰るとするかな」
「え、もう帰るんですか? よかったらお茶だけでも……」
「いや、弟子一人残して修行させたまま、師匠たる私がのんびりとするわけにはいかないよ。明日に備えて色々と調整したいところだしね」
「そうですか……」
急いで来てくれたみたいだし、少しくらいは休んでもらおうと思っていたのだが、そういうことなら無理に引き留めるべきじゃない。明日の勝負で僕の命運が分かれるわけだし、是が非でも姉ちゃんには勝利してもらわないと。
元を辿れば、姉ちゃんとレジェンドさんのせいでこんな事態になってしまったわけではあるが。
とは言え、今回はすごく世話になってしまった。この借りはいずれちゃんとした形で返すとしよう。少々癪ではあるが、姉ちゃんにもあとでお礼をしておかねば(ブルーレイボックスなんてお高い物はさすがに買うつもりはないけれど)。
「じゃあ、道中気を付けて」
「うむ。あ、その前に一つ、湖太郎くんに言わなければならないことがあるのだが……」
「……? なんでしょう?」
急に真剣な声でそう切り出してきたレジェンドさんに、僕は首を傾げつつも訊ね返した。
「実はここまで来るのにガソリンを使い果たしてしまってね。財布を忘れてお金もないので、少しばかり貸してもらえないかな?」
「……………………」
思っていたより早く借りを返す機会がやってきた。
せっかく見直したというのに、今ので台無しだよ……。
そんなあれやこれや、てんやわんやあった一日もあっという間に過ぎ。
ついに、姉ちゃんと由梨江さんの再戦の日が訪れたのであった。
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