第10話 姉ちゃん(釘宮流)VS由梨江さん(堀江流)
「先手必勝っ!」
言うや否や、宣言通り先に動きを見せた姉ちゃんが、初手から技の構えを取り始めた。
しかもあれは──両手を銃に模した独特の構えは。
前にレジェンドさんが僕らに見せた、釘宮流の技の一つ……!
「釘宮流……【風穴、あけるわよ】!」
技名を叫んだと同時に、両の人差し指を由梨江さんに向けた姉ちゃんは、その指先から勢いよく空気の弾丸を放った。
レジェンドさんの時と比べて若干小振りではあるけれど、勢い自体はなんら遜色ない。命中すれば、きっと大ダメージは必死だろう。
それはそれとして、冷静に考えてもみるとこの技、かなり恥ずかしいネーミングだよな。由梨江さんも似たような名前を口にしていたけれど、言っていて恥ずかしくならないのだろうか?
とまれかくまれ、姉ちゃんが放った空気の弾丸が、悠然と佇む由梨江さんの元へと直進する。
その間、由梨江さんはなんら動きを見せなかった。
というより、逃げるどころか、防御の姿勢すら取っていない。
否。それどころか──
「わ、笑ってる……?」
そう、笑っていたのだ。
まるで自分の勝利を疑わない、いかにも余裕のありそうな笑みで。
由梨江さんのその意味深な表情に眉をひそめつつも、僕は二人の戦いを静観する。
少し気がかりではあるけれど、どのみち僕なんかには二人のケンカを止められるはずもないし、黙って見守るしかない。別にどっちとも応援しているわけでもないし。
そして、ついに空気の弾丸が由梨江さんの命中しようかという寸前で──
さながら霧散するように、空気の弾丸が途中で消え去ってしまった。
「えっ! な、なんで……?」
わけがわからず、瞠目してしまう僕。
そんな僕の疑問に答えるかのように、
「ふふ。ようやく効き目が出たようですわね」
と、由梨江さんが冷笑を浮かべながらそう呟いた。
「由梨江さん、それってどういう……」
「うっ。くう……っ」
詳しい話を訊こうとしたその時、姉ちゃんの苦しげに呻く声が耳朶に響いた。
何事かと、すぐさま由梨江さんから姉ちゃんの方へと視線を移す。
すると、そこには──
「ね、姉ちゃん⁉ 急にどうしたの⁉」
僕の質問に、しかし姉ちゃんはなにも答えることができなかった。
いや、正確には答えられなかったと言うべきか。
まるで全身が痺れているかのように体を震わせて、姉ちゃんが顔をしかめながら地面に膝を付いていたのだ。
喋ることすらままならないといった態で。
「堀江流【
と。
そよ風のような声音で、由梨江さんが不意に口を開いた。
「いかがでしょう? わたくしの毒の味は」
「ど、毒……?」
「その通りですわ、湖太郎さん。堀江流【夾竹桃】とは、すなわち毒を密かに仕込む技。そこのアフロは、まんまとその技に嵌まったというわけですわ。ああ、心配しないでくださいまし。毒といっても、単なる痺れ薬ですから」
「でも、毒なんていつから……」
その時、僕はフラッシュバックするように、とある光景を思い出した。
「もしかして、あのマスタード……?」
フライドポテトの味に飽きた姉ちゃんが、味の変化を求めて由梨江さんから受け取ったマスタード。
仮にあのマスタードに、最初から毒が入っていたとしたらどうだろう?
話を聞く分に、由梨江さんが釘宮病を敵視しているのは明白だ。
だから姉ちゃんが釘宮病と知った時点でこの策を巡らせていたとしたら、毒を仕込む時間だって十分にあったはずだ。決して不可能でない。
とは言え、姉ちゃんが必ずしもマスタードを求めるとは限らない。
今回はたまたま意地汚い姉ちゃんが、突然出現したフライドポテトに食いついたおかげでマスタードを渡すこともできたけど、マスタードそのものを求めなかった可能性だって十分にあったのだ。
本気で姉ちゃんを倒そうとしていたのなら、あまり効率のいい技とは思えない。
そこで僕はこう考えた。
由梨江さんの【夾竹桃】は、実はあらかじめ色んなところに毒を塗っておく技なのではないか、と。
たとえばティッシュやハンカチなど他人に貸し出す機会も多い身近な物から、ひょっとしたら自身の爪などにも。
そうすると事故かなにかで自分自身が毒を受けてしまう危険性だってあるけれど、それすらも念頭に置いて毒の耐性を身に付けていたとしたら……!
「つまり【夾竹桃】とは、事前に全身のあらゆるところに毒を仕込んでおく技で、いつでもどこでも相手に毒を与えることができる攻撃手段ということか! なんて恐ろしい技なんだ……!」
「いえ、そのような技ではありませんわよ? そもそも今回の毒は、フライドポテトにしか仕込んでおりませんし」
「全然違ってたあああああああああああっ!」
うっわ! 恥ずかしい! めちゃくちゃ恥ずかしい!
あんなドヤ顔で断言しておきながら思いっきり予想を外すとか、もうほんと死ぬほど恥ずかしい! いっそ消えてしまいたい!
「ちなみに【夾竹桃】は主に食べ物に毒を仕込む技で、他の物に使うことはできませんわ。今回は相手がたまたまバカそうだったので、わたくしの【盛るぜ~超盛るぜ~】と併用して使ってみたのですが、でもまさか本当に通用するとは思ってもみませんでしたわ」
「しかも、ことごとく姉ちゃんの自業自得だった!」
うん。まあでも、そうだよね。
姉ちゃん、なんの疑いもなく【盛るぜ~超盛るぜ~】で出てきたフライドポテトにあっさり食らい付いていたしね。そりゃあ、バカ呼ばわりされても仕方ないっすわ。
姉弟共々、とんだ恥を晒してしまった……。
「う、くう……」
と、由梨江さんと話していた間に、少しだけ痺れから回復したらしい姉ちゃんが、よろめきながらゆっくりとその場で立ち上がった。
「お、おのれゴスロリ。前もって毒を盛ってくるとか、姑息な真似を使いやがって……」
覇気こそないものの、柳眉を立てて声に怒りを滲ませる姉ちゃん。どうやら無警戒にフライドポテトを食べたこと自体はなにも反省していないらしい(このバカ姉め)。
「ふっ。勝負の世界に姑息もなにもありませんわ。勝てばいいのです」
今にも倒れそうな状態の姉ちゃんを見据えながら、由梨江さんが冷笑と共に言葉を続ける。
「もっとも、すでに勝敗は決したようですが」
「ふざけんな。すでに勝ったみたいな顔してんじぇねえよ。お前が泣くまで、わたしは殴るのをやめるつもりはねえ!」
「あらあら。まだ挑むつもりなんですの? 愚かしい限りですわ」
ですが、と由梨江さんは嘲笑を浮かべながら、なにかの構えを取るように両足を開き始めた。
「その不屈の精神に敬意を評して、堀江流最大の奥義でもって応えてあげますわ」
そう言って、由梨江さんは胸の前で両手をハートマークにし。
それを、姉ちゃんに向けて勢いよく突き出した。
「堀江流奥義……【あなたのハートにエンジェルビーム】‼」
刹那。
由梨江さんの手から、ハートマーク型の眩い光線が放たれた。
「なんかファンシーな光線が出てきたーっ⁉」
さながら幼女向けのアニメにでも出てきそうな必殺技に、僕は思わず瞠目して叫び声を上げる。
由梨江さんの手から出た光線は、ピンク色の残滓を散らしながら姉ちゃん目がけて直行し、そして──
そのまま、毒で動けないでいる姉ちゃんに直撃した。
「ほああああああああああああああああああああああああっ⁉」
光線に呑み込まれ、悲鳴を上げながら吹っ飛ばされる姉ちゃん。
やがて姉ちゃんの体は光線が消えたと同時に落下し、そのまま強かに背中を地面に打ち付けた。
「かは……っ!」
「ね、姉ちゃんっ!」
地面に転がる様を見て、僕は慌てて姉ちゃんの元へと急ぐ。
もしかすると由梨江さんの追撃があるかもと危惧したけど、僕が姉ちゃんのところに駆け寄ったのを見てか、さらに攻撃を加えることはなかった。
きっと僕まで巻き込むわけにはいかないと思ってくれたからなんだろうけど、なんでそこまで気をかけるのだろう? こっちにしてみれば、理由がわからない上に強引な人なので、純粋に恐怖しかないんだけど……。
ひとまずそれはさておき、これ幸いと僕は倒れたままでいる姉ちゃんの体を抱き寄せた。
「姉ちゃんしっかり! 大丈夫⁉」
「うー……うー……っ」
そんな苦悶の声が、わずかに開いた姉ちゃんの口からこぼれる。
よかった。全身ぼろぼろな状態だけど、ちゃんと意識はあるみたいだ。
でも、今のは一体なんだったんだ?
見た目は魂を浄化しそうな癒し系っぽい技だったのに、姉ちゃんがこんなにもぼろぼろになってしまうだなんて……。
「あ、だからか。姉ちゃんの魂が穢れているせいでこうなったのか」
「お前……なにげに言うこと辛辣だよな……」
ふと漏らした感想に、姉ちゃんが僕の方に顔を向けて、そんなツッコミを返してきた。
「姉ちゃん! 起きて大丈夫なの?」
「……なんとか、な。あー、全身がめちゃくちゃ痛てぇ……」
そう返事をしつつ、痛そうに顔をしかめながらも、僕の肩を借りてゆっくり上半身を起こす姉ちゃん。
けどそれが限界みたいで、その場で立ち上がろうとまではしなかった。相当ダメージが深いようだ。
「ふふふ。無様な姿ですわね」
僕に体を支えられたまま、立ち上がれもしない姉ちゃんを見て、由梨江さんは愉快げに口角を吊り上げる。
「これでわかったでしょう? あなたの釘宮流では、わたくしの堀江流には到底敵わないと」
「くっ……。まだだ! まだ終わってねえぞ!」
「ちょ、姉ちゃん! あんまり無茶しちゃダメだって!」
足をふらつかせながら立ち上がろうとする姉ちゃんに、僕は肩を押さえて宥める。
「放せ湖太郎! 勝負はまだ終わっていない! わたしたちの戦いは、まだまだこれからだっ!」
「いや、それ終わってるから! 別の意味で終わってしまうから!」
勝負どころか、物語自体が終了しかねないフラグだからそれ!
「あらまあ、なんて往生際の悪い方。勝敗はすでに決していますのに……」
激昂する姉ちゃんに、由梨江さんは心底呆れたように溜め息をつく。
「仕方がありませんわね。あまり弱っている方を攻撃するのはわたくしの本意ではありませんが、それなら今度は念入りに潰させてもらいますわ、しばらく起き上がれなくなるまで、ね」
言って、由梨江さんは再び指でハートマークを作り始めた。
また、エンジェルビームとかいう技を使うつもりだ!
「待ってください由梨江さん! これ以上はさすがにヤバいですって!」
「どいてくださいまし、湖太郎さん。そのままだと湖太郎さんも一緒に巻き込んでしまいますわ」
「そうだ湖太郎。情けはいらねえ。あいつの全力に、わたしも全身全霊をもって応えるのみだ!」
嘘だろ姉ちゃん。そんな満身創痍な状態でまだ戦うつもりなのかよ……!
これは本当にまずい。どちらも引く気はないみたいだし、由梨江さんも加減を加えてくれそうな雰囲気でもない。
もしもこれでまた由梨江さんのエンジェルビームをまともに喰らったら、病院送りは免れないにないぞ。姉ちゃんに勝算があるようには見えないし、自分から痛い目を見に行くようなものだ。なんとかして止めないと。
今はまだ、由梨江さんが攻撃を躊躇(僕がいるせいだ)してくれているおかげで時間だけは稼げているけども、そう長くも持つとは思えない。僕をどかしさえすれば済む話なのだから。
きっと、僕なんかでの言葉では二人を止めることはできない。
かと言って助力を求めたくても、残念ながら周りにはだれもいない。通行人かだれかが来てくれさえすれば、さすがの二人も戦いをやめてくれるかもしれないのに。
ああもう! だれでもいいから早く来て!
そんでこのかなりくだらないケンカを止めて!
こんなので重傷人が出るとか、バカバカしいにもほどがあるから!
「──にゃんぱらり」
と。
僕の祈りが届いたのか、不意に奇妙な声と共に、頭上から何者かが一回転しながら綺麗に降り立った。
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