第6話 姉ちゃんと釘宮流
「……ねえ、やっぱやめておこうよ姉ちゃん。絶対危ないって」
「ダイジョーブダイジョーブ。そんなに心配すんなってば」
先を行く姉ちゃんが、僕の方へと目線をやって、お気楽な感じに言葉を返す。
本当になにも不安を感じていないというか、自信たっぷりな表情で。
場所はこの間姉ちゃんと一緒に行ったアニメショップ──その周辺だった。
ここで以前僕たちに絡んできた不良(あのリーゼントが特徴の)を探し出して、そいつで釘宮流の凄さを証明してみせると言うのだ。
「でもさあ、相手は僕よりも図体のでかい、ケンカ慣れもしていそうな奴なんだよ? 姉ちゃんなんてつい最近武道を習った程度でしかないんだからさあ、いくらなんでも甘く見過ぎじゃない?」
「だから問題ないっちゅーに。湖太郎はほんと心配性だなー。あのレジェンド師匠とみっちり稽古してきたんだぞ? 師匠直伝の釘宮流さえあれば、もうなにも怖くない!」
それ死亡フラグだから。ここで言っちゃいけないセリフだから。
「そもそもさあ、今日って日曜日でしょ? 前みたいに平日ならともかく、さすがに今日は仲間と一緒にいる可能性だってあるんじゃないの? だとしたら余計危なくない?」
「その点も心配いらん。釘宮流は一対多数を念頭に置いた技もあるからな。ちなみにこれ、まめっちな?」
「それを言うならまめだろ」
逆になんで語尾に『ち』を付けた。わけがわからん。
「それに、あのうんこリーゼントに、プリティエースのDVDを台無しにされた時の恨みもまだ晴らしていないしな。一回ボコボコにして身ぐるみ剥いで、有り金全部巻き上げたあとに全裸で逆立ちさせるまでは許さない! 絶対絶対ぜーったいだ! 許さないぞ‼」
「鬼かお前は」
いくら向こうに非があったとは言え、不良もそこまでの仕打ちを受ける謂われはないだろうに。
「……まあ、当の不良を見つけないとなにも始まらないんだけどね」
嘆息混じりに呟いて、僕は周囲をぐるりと見渡す。
この町に来てかれこれ三十分以上経つけれど、未だ不良の影すら見つけられずにいた。
目立つ外見をしているので、見たらすぐにわかるとは思うけど、これだけ探していないということは、この近くにはいないのかもしれない。
「どうする姉ちゃん? ここにはいないみたいだし、もっと違うところに行ってみる?」
「いや、もう少しここを探してみる。わたしのシックスナインがこの近くにいると叫んでいるんだ」
「シックスセンスな。人の往来があるところで危うい発言すんな」
などとそんな会話を交わしながら、同じ場所に留まって不良の姿を虱潰しに探し回る。
でも、やっぱりそれっぽい人は見当たらない。やっぱり違うところにいるんじゃあ──
「あああああああああっ! あれは──っ!」
「えっ。なに、見つかったのっ?」
そろそろ集中力も切れかけた頃、いきなり姉ちゃんが大声を出したかと思えば、なにやら猛然と駆け出した。なにがなんだかよくわからないけど、ひとまず僕も慌ててその後を追う。
少しして、姉ちゃんはとあるスーパーマーケット……その軒先で立ち止まった。
そうして、そこにあったのは──
『魔法少女プリティエースガショポン。一回三百円。
プリティエースに登場するみんなが、ミニフィギュアとなってあなたのそばにずっと
「おおおおおおおおおおおおおお! プリティエース、しかも新シリーズのガシャポンだあああああああ! これは買わずにいられないっ!」
「おいこら! 目的忘れんなっ!」
そうツッコミを入れるも、結局姉ちゃんはその後三十分以上もガシャポンをやり続けることになるのだった。
「いやー、大漁大漁。一つだけ欲しいのが手に入らなかったけど、それでも良い買い物をしたわ~」
「付き合わされた身としては、不満しかないけどな」
満足そうにガショポンの入った袋(袋だけスーパーマーケットのレジ袋を購入した)を抱えて歩く姉ちゃんに、僕は冷めた眼差しを向けて愚痴を漏らす。
けど、当の本人はどこ吹く風と言わんばかりに上機嫌で口笛を吹いていた。しかも妙に上手いのが余計腹立たしい。
「よし。あとはうんこリーゼントの内蔵をぶち撒けるだけだな!」
「爽やかな笑みでグロいセリフを吐くな」
しかも、少し前に聞いた時よりも一際ひどい仕打ちになっていた。どんだけ根に持ってんだよ。
「なんて、冗談だよ冗談。だからそんな非難がましくこっちを見んなっての。いくらなんでも命まで奪うわけないだろ? せいぜい、身ぐるみ剥いだあとの全裸姿を写真に撮ってネットに晒すだけだって」
「どのみち息の根を止めてんじゃねぇか」
社会的にという意味で。
「それにしても、なかなかそのうんこリーゼントとも会えねえなー。せっかく前と同じ場所にまで移動して来たっていうのに」
「あー。そういえばそうだね」
姉ちゃんも口にした通り、以前不良と遭遇した路地の周辺を歩いている最中なのだけれど、当の不良らしき姿はまったく見当たらなかった。結局のところ、姉ちゃんのシックスセンスとやらは全然当てにならなかったというわけだ(あれだけ思わせぶりなことを言っておいて)。
「そもそも、今日この場所に来ているかどうかもわからない状態で探していたわけだし、このまま見つからない可能性の方が高いよね」
「まあなー。ていうか、別に今からでも湖太郎だけ帰っていいんだぞ? 元からお前、そんなに乗り気じゃなかったし」
「いや、今さら姉ちゃんだけ残して帰れないよ。色々と心配だし」
本当は今でも不良狩りなんてやめさせたいくらいなんだけど、姉ちゃんはこうと決めたら、たとえ一人になっても絶対曲げたりしない。それがどれだけ危険な行為でもだ。
だから身内として──なにより男として、こんな姉でも放っておくわけにはいかないのである。もしもという時もあるし。
それに、やっぱり心のどこかで興味もあったりするのだ。
一体、姉ちゃんがどれほど釘宮流を会得してきたのかという興味が。
あのとんでもない強さを見せつけたレジェンドさんに、どれだけ近付けたのかという純粋な興味が──。
「そういえば、レジェンドさんって今どうしてるの?」
ちょっと気になったので、姉ちゃんにそう訊ねてみる僕。
「ん? ああ、師匠ならまだ山奥で修行しているよ。釘宮流はまだまだ未完成の拳法だからなー」
「それって、姉ちゃんも一緒に残らなくてよかったの? いや、あんま外泊されるのも困るけどさ」
「いくら師匠に相手をしてもらえるくらいに成長したと言っても、わたしみたいな未熟者じゃあ、ちゃんとした修行にならんからなー。だから修行に集中してもらえるよう、師匠を一人にして帰ってきたんだよ。まあ、あんまり外泊するのもよくないって、師匠に言われたせいもあるけどな」
なるほど。それで今日になってようやく帰ってきたのか。
一応レジェンドさんも、世間体を気にするくらいの常識はあったようだ。
「じゃあ、その内また修行に行くかもしれないってこと?」
「おう! まだ学んでいないこともたくさんあるからな。今度は自在に炎を出せる技を教えてもらう予定だぜ!」
「もう完全にバトルマンガのノリだな……」
正直、一般人の僕にはまるで付いていけない。
「でも、そこまで出来るようになったら、不良なんて目じゃなくなるよね」
「今でも全然目じゃないけどな。その気になれば、あのうんこリーゼントの体に巨大な手裏剣を命中させることだってできるぜ!」
「それもう釘宮流と関係なくない?」
どちらかと言うと忍術のような気がしてならないのだが。
「そもそもさあ、そこまでできるのなら、これ以上強さを求める必要なんてないんじゃないの? レジェンドさんもそうだけど、あれだけ強かったら、どんな相手でも楽勝に倒せちゃうだろうし」
「そんなことねえよ。確かに師匠は別格だけど、そんな師匠でも手こずるような流派が、世の中にはまだまだいっぱいあるんだぜ?」
「え? 釘宮流みたいなのが?」
「おう。例えばだな──」
「さっさと有り金全部出せやゴルァ!」
姉ちゃんと話していたその時、通りの先の角から聞いたことのある声が響いてきた。
ていうかこれ、間違いなくあの不良の声だ。
「……どうする姉ちゃん? なんかまただれかに絡んでるみたいだけど……」
「んなもん、早速しばきに行くに決まってんじゃねえか!」
「ちょ! 待ってよ姉ちゃん!」
言うや否や、目を瞠る速さで疾走し始めた姉ちゃんの後を、僕も慌てて追いかける。
そうして、姉ちゃんより遅れて角を曲がってみると、少し離れた位置に予想通りの人物──つまりリーゼント男と、その取り巻きと思われる似たような格好(つまり、みんな昭和テイスト)をした四人の男たちが、一人の女性を塀際に追い込んで取り囲んでいた。
「アニキの手を煩わせてんじゃねえぞオラァ!」
「こちとら暇じゃねえんだよワリャ!」
「さっさと言われた通りに金だけ出しゃいいんだよアマァ!」
「アニキをこれ以上怒らせたら、ただじゃ済まねえぞボケナスがぁ!」
ゴシックロリータ風の格好をした女性の周りで、不良たちが次々に口汚く怒声を飛ばす。
当の女性の方は、恫喝されて声も出ないのか、ずっと目線を伏せたまま沈黙していた。
「うわー、女性相手に数人の男が寄ってたかって攻めるとか、クズの極みだね」
「あと、最後だけ微妙になんか違う感があるよな」
それは僕も思った。
せめて「ボケェ!」だけなら、三文字というのもあってピッタリハマった感があったのに。
「とりあえず、すぐに警察に通報しないと。周りにいるの、僕らしかいないみたいだし」
「待て湖太郎。なにをするつもりだ?」
スマホを取り出そうとした僕の手を、姉ちゃんが横から不意に掴んできた。
「いやなにって、だから警察に通報を……」
「忘れてないか? わたしという頼れる存在を」
姉ちゃんが自身の顔を指差して、勝気な笑みを浮かべて言う。
姉ちゃんを頼れる人だと思ったことなんて、いまだかつて一度もないのだが。
なんて余計なことは言わず、いったんスマホを仕舞い直した。
「でも、相手は五人だよ? さすがに分が悪いよ。きっと警察が来るとわかれば、あいつらも退散してくれるだろうし」
「逆上してあの女の人を襲う可能だってあるかもしれねえじゃん。それに少し前にも言ったろ? 多人数を想定した技があるって」
そういえば、姉ちゃんとここまで来る道中にそんな話もしていたっけか。
どうしよう。姉ちゃんの言も一理あるし、下手に刺激するような真似は逆効果かもしれない。
かと言って、あのままだとあの女の人の持ち物が盗られてしまう。それに相手は一度姉ちゃんに殴りかかってきたことがある凶暴な奴だ。早くなんとかしないと、暴力を振るう可能性だってある。
仕方ない。若干……いや、むしろすごく不安ではあるけれど、釘宮流を学んできたという姉ちゃんの腕を信じるしかないか。
「……わかった。でもあんまり無茶しないでよ?」
「任せてとけって。あいつらを半分まで減らしてくるポン」
なんだ『ポン』って。
「つーわけで湖太郎。ちょっとこの袋持っててくれ」
了解、と姉ちゃんからガシャポン入りの袋を受け取る僕。
そうして、堂々と不良たちの元へと歩く姉ちゃんの背中を、僕は静かに見送る。
そんな気配も殺さずに接近してくる姉ちゃんに、取り込み中だった不良たちもさすがに気が付いたのか、
「あぁ? なんだこのチンチクリンはオラァ」
と、取り巻きの一人が眉間を寄せてそう言い放った。
「あ! てめぇ! この間のキモオタじゃねえか!」
リーダー格の男……つまり以前に会った時と同じリーゼント頭の男が、姉ちゃんを見て唐突に大声を上げた。
こうして改めて見ると、どうやらこいつだけリーゼントにしているみたいで、他の子分と思わしき奴らは全員オールバック仕様だった。ことごとく昭和チックな装いである。
しかも休日なのにみんなして学ランを着ているせいか、リーゼント以外は見分けが付けにくかった。
とりあえず、リーゼント以外は適当にオールバックABCDとでも名付けておくか。
「奇遇じゃねぇかゴルァ。この間の借りを返す日がこんなにも早く来るとは思わなかったぜゴルァ」
アリでも見るかのように姉ちゃんを睥睨しながら、リーゼントが口端を歪めて言う。実際身長さがあり過ぎるせいか、リーゼントの影が姉ちゃんの全身を完全に覆ってしまっていた。さながら、巨人VS小人と言った感じである。
でもこれ、なにも知らない通行人が見たら絶対事案だと思われていただろうなあ。まさか姉ちゃんの方からケンカを売りに行ったとはだれも思うまい。
「ああん? なんで私に言うんだよ? お前をブチ殺したのはレジェンド師匠だろうが。つーか、なんでお前まだ生きてんの? え、幽霊?」
「まだ死んでねぇわゴルァ! 相変わらず人をバカにしくさったようなことを言いやがってゴルァ!」
姉ちゃんの挑発にまんまと引っかかったリーゼントが、怒りを露わに声を荒げる。うん、あれは僕もイラッと来る。
「アニキ! ここはオレたちに任せてくださいワリャ!」
「おれたちがこの生意気なチビをボコボコにしてやりますぜアマァ!」
オールバックABCDの内の二人が、リーゼントに向かって血気盛んにそう主張する。
ていうかこいつら、だれに向かってもその語尾を付けるのかよ! 特に最後の奴、ほとんど意味も知らずに使ってるだろオイ!
「お前ら……よし、わかったゴルァ! お前ら、一発かましてやれゴルァ!」
「「「「ゴルァァァァァァァァァァァ‼」」」」
リーゼントの一声に、オールバックたちが矛先を変えて一斉に姉ちゃんへと殺到してきた。あ、声を合わせる時は「ゴルァ!」になるのね……。
いや、そんな些事はどうでもいい。一気に四人がかりで来たけども、本当に大丈夫か姉ちゃん⁉
「四人、か。いいぜ。お前らのすべてを否定してやらあ!」
僕の心配をよそに、姉ちゃんは威風堂々と言ってのけたあと、なにかの棒を持ったようなポーズを取り始めた。
そうして、四人同時に肉薄してきたのを見計らって、
「釘宮流……【この、バカ犬ぅぅぅっ】‼」
と、地面に向かって拳を振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます