第5話 長い夜の始まり
アリアからの衝撃的な告白を聞いた後。
僕たちは一度彼女を宥めてから詳しい話を聞くことにした。
すると———
「……村に帰った時には、彼にはもう結婚相手と子供がいたの」
アリアは目に涙を浮かべながら村に帰ってから起きたことを全部打ち明けてくれた。
僕は信じられなかった。アリアと婚約できたのに違う人を選ぶ人間がいるなんて。
「アリア……」
でも、実際に違う人を選んでアリアを裏切った存在がいるのは、悲しみに暮れているアリアの様子を見れば一目瞭然だった。
「彼の相手は私の家の二軒隣の家の同い年の女の子だった。彼、色々と我慢できなくて私を待たずに結婚しちゃったみたい」
アリアの声は今や細く、かすれたささやきのようだった。
絞り出されるようなその言葉に、彼女がどれだけの苦しみを抱えていたかを痛感させられる。僕はただ彼女の言葉を飲み込むしかなかった。
その残酷な現実に、胸の中で重い鉛のようなものが沈み込むのを感じた。
「それに、村の人たちが教えてくれたの。村の村長——元々私との婚約をあまり良く思っていなかった彼の父親が裏で色々手を回していたって……」
悲しみに暮れるアリアは、震える手でグラスをつかみ、目の前の酒を口に運んだ。
彼女の目には涙が溢れ、その痛みを少しでも忘れるように一気に飲み干していた。
「最初から、私は誰にも祝福されていなかった……ほんと……ひとりで舞い上がってばかみたい……」
「アリア! もういい……もういいのよ!」
ディアナは彼女の肩に手を置き、隣で支えるように寄り添っていたが、彼女の表情にも同情と怒りが見て取れた。ディアナは、彼女の婚約者に対する罵詈雑言を口にしながらアリアの肩を抱き、彼女の悲しみを分かち合おうと必死だった。
「ほら、みんな! 今日はとにかく飲んで飲んで飲みまくるわよ!」
それから、飲みの席はディアナの言葉が引き金となって次第に荒れていった。
「アリア! 裏切り者のクソ男のことなんてさっさと忘れなさい!」
「う、うん!」
「ほら、リオンとディオスももっと飲む!」
「は、はい」
リオンと僕もアリアを元気づけようとしたけれど、アリアの深く傷ついた心に届くような気の利いた言葉は、僕たちの口から出てこなかった。
結局、アリアはその夜、悲しみの涙で濡れながらも、酔い潰れて意識を飛ばすまで酒を飲み続けた。
そして僕は、彼女の頬に伝う涙を見ながら、彼女が背負った痛みの重さを、ひしひしと感じることしかできなかった。
酔い潰れたアリアを宿に送るため、僕たちは酒場の店主さんに謝って店を出た。
店を出たのは間も無く深夜になる時間帯。
国で一番活気のある王都も、この時間帯は流石に暗く、静寂に包まれていた。
「まさか、アリアの婚約者がなあ……」
リオンが暗く重たい表情で呟いた。
久々に集まった夜に、アリアがこれほどの悲しみを抱えていたとは、思いもよらなかったからだろう。
「すまねえなディオス……アリアのこと任せちまって」
「ううん、大丈夫だよ」
すっかり酔い潰れてしまったアリアは、今は僕の背中で眠っている。完全に意識を手放しているようで、いくら起こそうと呼びかけてもピクリとも反応してくれない。
ただ、それはリオンの妻になったディアナも同じだった。アリアに気持ちを吐き出させて、励まそうと一緒に飲んで酔い潰れたディアナも、リオンの背中でぐったりとしていた。
「そうか。本当は俺も一緒に送りに行ってやりたいんだが、ディアナの方も結構酔いがまわっちまったみたいでな……」
「大丈夫だよ。アリアは僕が宿まで連れて行くから、リオンはディアナのことお願い」
「……わかった。ありがとうな、ディオス! 今度また、日を改めて飲みに行こう!」
「うん! 今日はありがとう!」
リオンと別れの言葉を交わしてから、僕はアリアを背負って宿まで送りに向かった。
とはいっても、僕はアリアの泊まっている宿屋を知らない。
だから、王都の宿屋を一軒ずつまわって探す必要がある。
結局、十軒ほど宿屋を訪ねて、どうにかアリアの泊まっている宿屋を探し出すことができた。
「アリア、着いたよ」
「……ん」
少しだけ意識が戻ったようで、アリアが返事を返してくれた。
僕は、背負っていた彼女をそっと部屋にあるベッドへと移動させた。
「……ありがとう」
「気にしなくていいよ。それじゃ、少しお水でも取って来るから」
ベッドで横になっているアリアのために、宿の主に飲み水をもらいに向かう。今の僕もそうだけど、お酒を飲んだ後は無性に喉が渇くものだ。
だから、アリアもきっと喉が渇いているだろうと思った。
一度部屋を出て水を貰い、意識が戻ったアリアのもとへと水を届ける。
「はい、水だよ。ゆっくり飲んで」
「ん……ありがとうディオス」
部屋に入って水を渡すと、アリアは水を一気に飲み干した。
すると、少しだけ酔いが覚めたようで、表情もスッキリしたものになった。
「よかった、もう大丈夫そうだ」
水を飲み干して空になったグラスを受け取る。
アリアもまだ顔が少し赤いけど、これならお風呂に入って就寝ぐらいならできそうな様子だ。
なので、僕はそのままアリアの部屋を出て帰ることにした。
いつまでも、男の僕がアリアの部屋にお邪魔する訳にはいかない。
それに、酔いがまわった状態で彼女の温もりや胸の柔らかな感触を感じて昂ってしまったせいで、僕の理性も少し揺らいでいた。
……ここまで劣情が昂ってしまったのは流石に今回が初めてだ。
本当に情けない。男として、勇者として、傷心の身のアリアに邪な想いを抱くなんて。
だから、一刻も早く夜風にでも当たってこの邪な想いを断ち切らなければと思った。
「それじゃあ、おやすみアリ——」
「ねえ、ディオス……」
ところが、部屋を出ようとした僕のことを、
「せっかくだから、少し二人で話さない?」
アリアの艶のある声が呼び止めた。
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