第4話 再会



 手紙を貰った後、僕は承諾の返事を出してからすぐに王都へと向かった。


 王都への道中では少しトラブルにも巻き込まれたけど、どうにか無事に約束の日に間に合わせることができた。


 さっそく約束の酒場に着くと、


「おーいディオス! こっちこっち!」


 リオンとディアナの夫婦が先に席を確保して待っていてくれていた。


「久しぶりねディオス……あら、また少し背が伸びたんじゃない?」


「確かにな! また逞しくなりやがってこの色男〜」


 二人は相変わらずだった。元気そうだし、夫婦仲も良好そうで一安心だ。


「さて、ディオスもいよいよ18歳……大人の仲間入りだ。今日はこのリオン様がいくらでも奢ってやるから遠慮せずに飲めよ!」


 リオンが豪快に笑ってお酒の名前がたくさん書かれたメニュー表を渡して来た。

 王国では、18歳からお酒を飲むことが認められる成人になる。だから、僕も先月誕生日を迎えたからようやくお酒を飲むことができる。


 ただ、


「僕はいいよ。僕が飲んじゃうとアリアが一人だけ飲めなくて可哀想だから」


「あー、そういえばアリアは聖女だからとかなんとかでお酒駄目だったな……」


 アリアがお酒を飲めないので、僕もお酒は遠慮しておくことにした。


 旅の時も、アリアは聖女だからとお酒を飲むのを固辞していた。


 アリアと会うのも半年ぶりだ。せっかくだから、アリアとも色んなことを話して今日という日を楽しみたい。


 それに、この半年で少しだけアリアに対して抱いていた気持ちにも整理をつけることができた。


 だから、今度こそ僕はアリアの幸せを心の底から祝福してあげたい。本心から幸せを願う言葉を言ってあげたい。


 そんなことを考えていたら、


「ん? あれ、アリアじゃないか? おーい!」


 ついにアリアも来たようで、ようやく一緒に旅をしたみんなが揃った。


「久しぶりねアリア! あんた大丈夫? 目元に隈でてるわよ」


「久しぶり……大丈夫よディアナ。少し疲れているだけだから」


 アリアがディアナに微笑んで、僕の隣の席に座る。

 懐かしい、ふわりとしたアリアの香りが鼻腔をくすぐる。  


「久しぶりね、ディオス!」


「ひ、久しぶりだねアリア」


 久しぶりのアリアの顔を見て、僕の心臓の鼓動が早まってしまう。


 アリアはとても美しかった。


 しなやかな肩にかかっている菫色の髪も、紅色に輝く宝石のようにパッチリした瞳も……少し、前見た時と比べて顔がやつれている気もするけれど、相変わらずその美貌は健在だった。


 アリアと結婚できる幼馴染の人は幸せ者だな……なんてつい思ってしまうほどに。


 あの頃のまま、僕が恋焦がていたアリアのままだ。


「アリアは何飲む? 確かお酒は無理だったわよね」


「じゃあ、このジュースとかどうだ? なんでもこの店の……」


 リオンとディアナに渡されたメニューを眺めるアリアを見ながら、僕はそう思った。


 いや、そう思っていた。


「そうね、じゃあ、私はビールにするわ! 今日はたくさん飲んで騒ぎましょう!!」


 少し、アリア様子は前と違っていた。







「ぷはー! 次、もっと飲むわよ!」


 お酒が注がれたグラスが、あっという間に空になる。


「おい、アリア……いいのか酒飲んで。確か聖女だからとか言って旅の時にはお酒は……」


「あーいいのいいの! もう世界救って終わったからそういうの!」


 そう弾んだ声で言いながら、聖女の時のことなんて知らないとばかりにアリアがまたグビグビとお酒を喉に流し込んだ。

 

 僕は衝撃的だった。意外とアリアってお酒飲むんだ、と初めて見た彼女の一面に戸惑う。


 でも、こうしてアリアと気軽に騒ぎながらお酒を飲み交わすのも、なんだか新鮮で悪くないなとも思った。


「はは……すげえ飲みっぷり。ディオス、お前もアリアに負けねえようにじゃんじゃん飲めよ!」


「うん。すみません店員さん、僕ももう一杯お願いします」


 初めてのお酒……まだ、味のことはあまり良くわからない。でも、飲んでいると身体がポカポカしてきて、みんなと一緒にもっと飲みたくなってくる。


 それからも、僕は五杯ほどリオンのおすすめのお酒を飲んだ。


「よーし、酔いも回ってきたことだし、そろそろお互い近況を語ろうじゃないか!」


 楽しい時間が過ぎていき、お酒が進んできた頃、リオンがみんなに話をふった。


 話題はみんなの近況のこと。


 まずは、リオンから最近起きたことを話した。


「俺とディアナの住む屋敷がついに完成したんだ!すっごい豪邸だから今度ぜひ遊びに来てくれ!」


「ふっふっふっ、お金もいっぱいあったから、家具や内装にもこだわったのよ!」


 リオンとディアナの夫婦は、ついに国王様に頼んだ屋敷が完成したそうだ。二人は嬉しそうに新居のことを語ってくれた。


「それじゃあ次! ディオスはこの半年何してたんだ?」


 次は僕の話す番になった。


「僕は……旅に出てた。あちこちを回って邪竜とか、邪神とか……魔王以外の脅威に困っている人たちを助けようと思って」


「おお! 流石は勇者! やっぱりお前はすげえやつだよ!」


「……そんなことないよ」


 確かに旅の途中で勇者っぽいことはしたたけれど、その理由は不順なものだ。


 失恋をしてからの燻っていた想いを解消したくて、正統に八つ当たりをできる相手を探していただけだった。


 心の穴を埋めたくて、魔王軍の残党を根こそぎ屠った。

 激情を忘れたくて、魔王より強いと豪語する邪竜を撃ち堕とした。

 恋焦がれた熱を冷やすために、魔王が倒されたことで復活したという邪神という存在も跡形も残さず消し炭にした。


 そんな戦いの日々に身を置いたおかげか、いつのまにか失恋で心にぽっかり空いた気がしていた穴も塞がり、行き場を失っていた言葉にし難い気持ちもスッキリさせることができた。


「なあ、ディオス……当然、助けた女の子達からも惚れられたりしたんだろう?」


 すると、酔ったリオンから下世話な話も聞かれた。

 横のディアナが呆れたように言わなくて良い首を振ったけど、


「一応……邪竜に困っていた辺境伯のお嬢様とか、代々邪神の封印を担っていた巫女の一族の人達からは告白されたよ」


 酔いが回っていたからか、口が軽くなっていた僕も素直に答えた。


「それで、なんて返事したんだ!?」


「断ったよ。まだ、勇者としてやることがあるからって」


 実際、お嬢様も巫女の人達もとても美人で、告白された時はとても胸が躍ったのを覚えている。


 それでも、どうしてもアリアのことが頭によぎって、その時の僕は結局話を断った。


 もう気持ちに区切りをつけたと思ったのに。

 どうしてもアリアのことを引きずってしまう。

 今も大分マシにはなったけど、アリアを見るとまた少しだけ胸が苦しくなってしまう。


 きっと、完全に想いを断ち切れるまでにはまだ時間がかかるだろう。


 それまでは、僕が新たな恋を見つけるのは無理だと思う。


「そっか……まあ、その内ディオスも良き出会いに巡り逢えるさ! この俺が保証してやる! お前は、モテるから絶対イイ女と結ばれるってな!」


 そんな僕にリオンは慰めの言葉をかけてくれた。

 その言葉を聞いて、僕は心が温かくなった。


「さて、最後にアリア! 幼馴染とのラブラブな話を聞かせてくれ!」


 僕の話が終わり、リオンはいよいよアリアに話をふった。


 アリアの話……おそらく村で結婚した幼馴染の想い一人とのことだろう。


 正直、アリアの話を聞くのは複雑な気持ちもある。


 でも、アリアが幸せならそれでも聞いて——







「ラブラブ…………?」







 その瞬間、アリアの持っていたお酒のグラスが粉々に砕け散った。

 同時に、アリアから膨大な量の聖なる魔力が湧き上がり、物理的な重圧を感じさせるプレッシャーとなって襲いかかる。


「ラブラブ? ええ、そうね。彼はとってもラブラブだったわ」





「私以外の女の隣でね!!!」





 アリアの悲痛な叫び声が酒場に響き渡る。さらに解放されたアリアの魔力がよりいっそう高まった。


「アリア!?」


 流石に放っておけないと、僕やディアナが魔力を解放して相殺しようと、そう思った時だった。


「約束していたのに……ずっと、ずっと好きだったのに……彼、もう違う女と結婚していたの」


 アリアの口から衝撃の発言が飛び出した。


「………え?」


 アリアの告げた言葉を聞いて、僕は衝撃を受けすぎて呆然となった。


「私、婚約者を寝取られたの! 最後に一緒に寝たのは子供の頃だったけど!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る