第3話 信じていたのに……(聖女アリアside)
「まもなくエンデュミオン村ですよアリア様!」
「ありがとうございます。少し懐かしい景色を見ながら歩きたいので、ここで降りてもいいですか?」
「かしこまりました!」
故郷の村まで送ってくれた行商の男に感謝して、アリアは馬車を降りる。
王国の辺境の村——エンデュミオン村。
あるのは豊かな自然だけと言われるほどの野山に囲まれた場所に、アリアの故郷の村はポツンと存在している。
「懐かしいわね……ここに帰って来るのも」
予言で聖女に選ばれて、王都に出立してから五年と半年もの月日が経っている。
でも、相変わらず故郷の豊かな自然はアリアの心に残っていた景色そのままだ。慣れ親しんだ光景を見て、アリアはやっと帰って来たんだと実感した。
「これで、やっとあなたと結婚できる」
アリアは国王から貰った銀色に輝く美しい一組の指輪—『女神の指輪』を大切に鞄から取り出す。
ずっと待っていてくれた最愛の人に、想いと一緒に渡すために。
アリアは気分を高揚させながら村の入り口に向かって歩みを進めた。
王国での結婚適齢期はおよそ十五〜十八歳。二十歳を超えるともう行き遅れ扱いにされてしまうほど。
なので十五歳の時に聖女に選ばれたアリアも、ちょうど結婚を意識し始めた歳頃だった。
アリアが意識していたのは、幼馴染の青年。
青年は村長の息子で、幼い頃から互いの家を行き来し、一緒に野山を駆け巡って遊び、子供の頃はまるで血が繋がった家族のように風呂や寝床も共にしていた。
けれど、成長していくにつれてアリアは青年のことを異性として認識するようになった。
身体が大きくなってから村の大人達に混じり畑仕事や狩に出る姿をアリアはずっと目で追っていた。
そして、王都への出発の日。
アリアは勇気を出して青年に想いを伝えた。
あなたのことがずっと好きだった。必ず帰って来るから、帰って来たら結婚してほしい、と。
アリアは青年にそう願った。
すると、青年はアリアの願いに喜んで快諾した。
——わかった! 何年でも待っているから、帰ってきたら必ず結婚しよう!!
仲の良かった幼馴染、それも、村一番の美少女で、おまけに聖女にも選ばれたアリアからの告白だ。
優越感ですっかり舞い上がった青年は、そのままアリアと約束のキスをして、二人で愛の約束を交わした。
その時交わした熱いキスの味を、アリアは今でもはっきりと覚えている。
五年の月日が経っても、青年への想いは変わらない。
旅の途中、時折一緒に旅をした勇者の少年にときめいてしまった時もあったけれど、それでも、青年と結ばれることを願い続けていた。
それに、
——アリアさんの好きな人……き、きっと、凄く優しくてカッコいい人なんですね!
——アリアの結婚式には……僕も呼んでくださいね! 平和になった世界でアリアが幸せに暮らせるように、僕も精一杯頑張るから!
そう、勇者の少年にも祝福されて、いつも恋を後押ししてもらっていた。
その言葉通り、勇者の少年——ディオスによって魔王は倒されて世界は平和になった。
「ありがとう……ディオス」
これまでにあった数々の出来事を思い出して、最後にアリアはディオスに感謝した。
アリアが最初に会った時、ディオスはまだ可愛いらしい少年だった。
聖女の修行のために訪れた神殿には、彼に熱い視線を向けるお姉様方や鼻息を荒くする司祭のおじさま達の姿がよく目につくほど。
けれど、小さくて可愛いらしかったディオスも、修行と旅の間にすくすくと成長していき、弟のような存在だと勝手に思っていたアリアでも、時々ときめきかけるほどの美青年に育っていた。
旅の途中、幾度となくアリアや他の二人が折れそうになった時も、ディオスだけは絶対に折れなかった。
誰よりも強く、清廉潔白で、男女を問わず誰にも等しく優しく、正に伝説の勇者そのものを体現していた。
そんなディオスの尽力のおかげで、私は今故郷に帰ることができていると、アリアはそう実感していた。
「おーい、アリアー!」
「みんな! アリアが帰って来たぞー!」
そうして、村の方へと歩みを進めながらディオスのことを思い出していると、アリアの耳に出迎えに来てくれた村人達の声が響いた。
いつのまにか、アリアは村の入り口に到着していた。
少し歳をとったなと思う村長の姿、あまり変わらない仲の良かったお隣の若夫婦、アリアが王都に出立した時にはまだ赤ん坊だった若夫婦の一人息子……アリアにとって懐かしい人達が続々とアリアの所に集まって来てくれた。
五年ぶりの村の人たちとの再会に、アリアもついつい涙ぐんでしまう。
ただ、アリアがずっと想い焦がれていた青年の姿だけはどこにも見当たらない。
アリアは少しでも早く青年に会いたかった。
すると、少し遠目から出迎えの群衆とアリアの姿を複雑な表情で眺めている青年の姿が目に映った。
青年の姿を見つけて、アリアは歓喜した。
そして、青年のもとへ向かおうとした時——
「パパ! 聖女様が帰って来たの?」
青年のもとに幼い子供が無邪気に笑いながら駆け寄り、その子供を慌てて追って来たアリアもよく知る女が、青年の横に添い立ち並んだ。
その振る舞いは、まるで青年の妻のようにも見える。
確かに、その女はアリアと同じく青年に好意的な視線を向けていた。
でも、まさか——
そう、アリアが思って時。
「アリア……実はの……そ、その、婚約についてなんじゃが……」
アリアと青年の婚約の仲人であり、義理の父になるはずの村長が、とても言いづらそうにしながらもアリアに話しかけた。
「婚約はなかったことにしてくれんか……」
「え……?」
その日はアリアにとって最高の日になるはずだった。
恋焦がれた人と再会して、永遠の愛で結ばれる、ずっと夢見ていた祝福される日のはずだった。
けれど、アリアを待っていたのはその夢を打ち砕くこれ以上ない最悪な報せだった。
「息子はの……もう、違う娘と結婚したんじゃ」
世界を救う旅は命がけのもの。
強大な力を持つ魔王とその配下達の討伐に失敗して、命を落としてもおかしくない。
いや、むしろ失敗する可能性の方が圧倒的に高い。
代々エンデュミオン村の村長を務めている男もそう考えていて、どうせアリアも死んでしまうだろうと考えていた。
男は元々息子とアリアの結婚には反対だった。
息子の熱意に負けて渋々結婚は許したが、やはり、一刻も早く息子には子を残してほしいと思っていた。
この世界には魔王のような人類の脅威や命を奪う危険な病だって多い。人間が生きていられる寿命だってそう長くないのだ。
だから、できるだけ健康で若い内に息子には跡継ぎを作ってもらいたかった。
やがて、男は二度と帰って来ない可能性が高く、例え奇跡的に帰って来たとしても下手したら何十年も先になるかもしれない聖女に選ばれたアリアではない別の娘と息子を結婚させようと考えた。
その後、男は息子に好意を抱いていた別の村娘を言いくるめ、そのまま夜這いのような形で息子との間に既成事実を作らせた。
そして男の息子——アリアと約束を交わした青年も、色欲に負けてアリア以外の女との関係をずぶずぶと深めてしまった。
青年には、勇者のような心を押し殺すほどの鋼の忍耐力も、強い想いも精神力もなかったのだ。
こうして、まさか勇者ディオスがたったの三年で魔王軍を壊滅させてしまうなどと欠片も想定していなかった彼等は、アリアの想いを踏み躙り、その夢を打ち砕いた。
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