第2話 届かない想い



 僕がアリアと初めて出会ったのは12歳の頃だった。


 突如、伝説の存在だった魔王と呼ばれ恐れられている存在が蘇り、部下達を率いて本格的な侵攻を開始したことで、王国の上層部の人達は魔王を討伐する手段を講じた。


 それは魔王を倒す存在——伝説に伝わる勇者と聖女を予言で見つけ出し、少数精鋭の戦力で魔王を討伐させることにしたのだ。


 そして、予言で勇者として選ばれた僕は、王都の神殿で同じく聖女として選ばれたアリアと初めて出会った。


 当時のアリアは15歳。僕より3歳年上だった。

 でも、当時の僕にはアリアのことがとても大人びて見えた。


 美しく幻想的な菫色の長い髪。

 宝石のように輝く瞳。

 神聖な聖女の聖衣を纏っていてもなお情欲を掻き立てる豊満な胸。


 その神々しくも魅惑的な美貌に、僕はすっかり見惚れてしまった。


 生まれて初めて、僕は彼女に恋をした。


「女神……様?」


 それが、僕が初めて彼女に言った言葉だった。

 すると、彼女は顔を綻ばせて、


「ふふ……残念だけど私は女神様じゃないわ」


 優しく僕の頭を撫でながら名前を教えてくれた。


「私の名前はアリア。よろしくね、勇者くん」


 それから、僕は勇者として、彼女は聖女としての課せられた修行に打ち込んだ。


 勇者としての訓練は大変だった。

 けれど、アリアに会えたから僕は辛い訓練も頑張れた。


 訓練の合間にアリアと会ってお話しをするのが、この時の僕には最上の癒しだった。


 アリアとは色々なことを話した。


 故郷の話。

 家族の話。

 友人の話。

 いつか始まる旅の話。


 そして、恋の話。


「ディオス君は好きな子とかいた?」


「い、いいませんよ!?」


「実は私ね、故郷の村に結婚を約束した好きな人がいるの! ずっと幼馴染だったんだけどね——」


 王都の神殿に来て一年ぐらい経った頃、僕はアリアからその話を聞いた。


「早くまた会いたいな……」


「……」


 その時のアリアは、とても幸せそうな表情を浮かべていた。


 本当に心の底から、その幼馴染との再会が待ち遠しかったのだろう。


 僕の初恋は、その日破れた。

 あっという間に終わった、何とも儚いものだった。


 でも、僕は結局アリアへの想いを綺麗さっぱり捨てることができなかった。


 その後も続いた過酷な修行の日々も、ずっとアリアのことを想って過ごした。


 魔王の討伐は少数精鋭での強襲が理想だった。


 だから、僕一人で最低でも王国軍の全軍に匹敵する強さがあると認められる必要があったのだ。


 辛い修行を終えて、アリアに会って癒されて、でも一人なると心が苦しくなって……そんな鍛錬の日々を二年ほど過ごして僕はようやく勇者として認められた。


 まもなく15歳になる頃。

 補助戦力として勇猛な戦士のリオンと王国一の魔法使いのディアナを紹介され、僕たち四人の旅が始まった。


 気さくなリオンとはすぐに仲良くなった。


『なあ、ディオス。お前……アリアのことが好きだろう』


 リオンには、すぐにアリアへの好意も気づかれてしまった。


『なるほどな、村に幼馴染か……でもよ、もう何年も離れ離れなんだろ。なら、旅の間に仲を深めていけばチャンスはあるさ! 男なら、惚れた女は絶対に捕まえねえとな!』


 そう言われてもしかしたらアリアと親密になれるのではないかと希望を持って進み続けた。


 アリアという希望さえあれば、強大な力を持つ魔王の部下達とだって互角以上に戦えた。


 特に、最初は仲が悪かったリオンとディアナが恋仲になった時は僕とアリアもそうなれるんじゃないかと少しだけ期待に胸を膨らませた。


 でも、そんな邪な想いなど成就するはずがない。


 アリアは一途であり続けた。

 ずっと、旅の間も一人の故郷の幼馴染を想い続けていた。


 流石にそんなアリアの姿を見ていたら、否が応でも理解ってしまう。


 アリアの側にいられるのは、この旅の間だけなのだと。


 僕の想いがアリアに届くことは決してないのだと。


 旅に出て2年ほど経った頃、16歳の誕生日に僕はそれを実感した。


 気持ちに区切りをつけることができた。


 何だか一歩大人の階段を登った気がした。


 それから、僕はアリアへの想いを心の底に押し込めた。


 時を同じくして、魔王の配下達との戦いも激しくなった。


 四天王を名乗るやたら強い部下や、十万人を超える軍隊と戦うこともあった。


 でも、吹っ切れた僕はそんな困難な敵との戦いも全部蹴散らして乗り越えることができた。

 

 せめて、好きになったアリアが少しでも早く故郷の村に帰れるように。


 どうかアリアが早く幸せになれるように。


 そう願って頑張った。


 旅の途中でリオンとディアナがいちゃついている姿を見たり、アリアが故郷の方をじっと見ている姿を目にすると心が痛むこともあったけど、それでもどうにか一年で魔王の軍勢を壊滅させ、魔王を討伐することができた。


 ようやく魔王を倒した時には、複雑な思いはありながらもみんなで喜びを分かち合った。


 全てを終わらせて帰ると国中の人々から祝福され、国王様と謁見し願いを叶えてもらった。


 そして、魔王を討伐し旅が終わったことで——





 僕がアリアの側にいられる時間は終わった。





 国王様との謁見を終えて、僕たち勇者パーティーは解散した。


 三人は祝福された未来に向けて幸せそうに、僕だけは心にぽっかり穴が空いたように感じて寂しくて俯きながら、それぞれ新たな違う道へと進んだ。






 

 

 それから半年後。

 気を紛らわせるために各地を一人で巡っていた僕のところに、リオンとディアナの夫婦から、


 ——よお、ディオス!

今度、世界を救った四人で王都の酒場で久しぶりに会おう!

 

 そう記された手紙が届いた。


 

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