×××年五月七日/購入から三百八十五日

×××年五月七日/購入から三百八十五日・1

 私は無力でちっぽけで

 世界は冷たくて残酷だけど

 どこへだって行けるよ

 君と一緒なら

 

 マリア・エターニアの楽曲を交えた、歌手「ミランダ」のコンサート。

 歓声は一向に止まなかった。私は客席に手を降って、ステージを去った。

「おつかれ、ミランダ」

 バックステージにアンディが待っていて、私を労ってくれた。

 もっとも、私は人造人間なので疲れない。むしろスポットライトを大量に浴びて十分に充電できたので、活動エネルギーに満ちていると言えた。

「今日も良い歌声だったぞ」

 もっとも、私の歌はアンディがチューニングしたものだから、実質アンディは自画自賛をしている。

 私たちはコンサートホールを後にし、深夜にマリアの自宅へ戻った。

 門をくぐると、自動で照明がついた。先週清掃業者にきれいにしてもらったプールの、鮮やかな水色の底面が照らされる。もう少し気温が上がったら、泳ぎたいとマリアは話していた。

 枯死した薔薇は庭師によって新しい苗に取り替えられ、淡いピンクの花を咲かせながら順調に生長している。来年はもっと蔓を伸ばして咲くだろう。

 花壇に植えられた色とりどりのパンジーやペチュニアは、マリアと私で一緒に植えたものだ。彼女は掃除が苦手な割に、花の世話が好きだった。

 帰宅と同時に、私はテラ・ネットに接続した。この家の通信回線は、もう従量課金契約ではない。

 莫大なデータが私の中に流れてくる。その中には、今日のコンサートに参加した人々が、SNSに幸福な余韻を語っている言葉もあった。またマリアの歌が聴けるなんて、うれしい、新曲も楽しみ、等々。

「おかえり」

 ピアノの低音が響いていた。本当はマリアもバックステージに参加する予定だったが、体調が優れなかったので留守番していたのだ。ピアノを弾いているところを見ると、復調したらしかった。広い家だから、夜中に弾いても近所迷惑になる心配はない。

 アンディいわく、マリアが歌手を引退して収入を得られなくなってもピアノとこの家を手放さなかったのは、いつかまた曲を作れるようになりたかったからだ、とのことだった。私もおおよそ外れてはいないと判定した。

 私が歌うことで、マリアは音楽を取り戻したのだ。私はマリアの望みを叶えることに成功した。

「新曲か? ヘビーな和音だな」

「うん、『ウィズ・ユー』が明るい曲だったから、次はもっとエモーショナルな曲にしたくて」

 マリアがアンディを見つめて微笑んだ。幸福を示す表情。もっとも私には感情がないため、幸福も不幸も、本質的には理解できないのだが。

「歌詞もだいたいできてるんだ」

「すごいじゃないか、マリア!」

 アンディがマリアを背後から抱き締める。マリアはそれを拒まなかった。

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