××年六月十五日/購入から五十八日

×××年六月十五日/購入から五十八日・1

 ×××年六月十五日/購入から五十八日


 マリアの自宅から車でおよそ三十分。私はマリアとともに、アンディが勤務する研究所「AMラボラトリー」を訪問した。

 五月二十二日の初回訪問以来、これで三回目。そして、私の歌唱機能を最終調整する日だった。

 AMラボラトリーには七つの研究室があり、アンディは自らの名を冠した「レオンドール研究室」の研究室長だった。

 年齢はおそらくマリアとさほど変わらないはずだが、自分より五歳十歳年上の部下を従えていた。優秀な研究者なのだと推測できる。それでも、「立派なのですね」と口に出すべきでないことは先日学習済だった。

 レオンドール研究室には、研究員たちのデスクが等間隔に並んでおり、一見すると標準的なオフィスとさほど変わらない内観だった。異なるのは奥にある防音室だ。防音室はさらに、ミキサー室と録音ブースとに分かれていた。

 アンディは何度も、私たち(人間二名と人造人間一体及びその他数名の研究員)をミキサー室に招き、かつてマリアが録音した音源を流した。マリアは恥ずかしがって「やめて」と抗議したものの、アンディによって却下された。

 アンディによると、研究員と私、皆でマリアの歌声を共有し、これに近い歌声に調整することが肝心なのだそうだ。真偽は不明である。単に恥ずかしがるマリアを見て面白がっていたのかもしれないし、マリアにかつての自分がいかに素晴らしかったかを思い出させようとしたのかもしれない。

 一方でアンディは、私にテスト歌唱をさせるときは、マリアと研究員たちを防音室から締め出した。いわく、「出来上がってからのお楽しみ」だそうだ。

 私は録音ブースに入り、ヘッドフォンを装着し、マイクの前に立った。

 曲目はマリア・エターニアの曲、「愛の言葉」だった。EDMに弦楽器やピアノのクラシカルな要素を融合させた、ミディアムテンポのラブソングである。マリアは豊かな声量と、囁くような歌声とを巧みに使い分け、曲の世界観を表現していた。

 マリアの歌を解析したデータは、無線接続によって私の《M‐140》に転送された。だがそれだけでは私はマリアと同じようには歌えない。初期設定の声質が異なるため、不自然さが生じてしまう。

 アンディはそれらを解消するために、何度も私に歌わせては、ミキサー台やコンピュータに向かってパラメータの微調整を繰り返して私の声質を調整し、マリアの歌声を完璧に再現しようとしていた。

 瞬きは少なく、真っ直ぐに画面を見つめるアンディからは、普段の飄々とした態度とは違った真摯さがうかがえた。

「じゃ、最初からもう一度」

 アンディの声がヘッドフォンから響いた。

 この日、十五回目のテスト歌唱だった。

 私は人造人間なので何度歌わされても疲労は感じない。しかし、アンディは違うだろう。彼女は日夜自分の仕事をこなしながら、並行して私の調整も行っていた。睡眠時間はかなり削られているはずだ。


 私があげたい言葉は 特別なものじゃない

 どこにでもある ありふれたもの

 きっとあなたも 知ってるはずよ……

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