×××年五月二十二日/購入から三十四日・2
「アンディ。素敵なお名前ですね。アンディは、はじめから私が人造人間だとお気づきでしたか?」
多くの人間は、ひと目では私を人造人間だと見抜くことができない。十年前の旧式とはいえ、髪も肌も人間そっくりに作られているからだ。
「これでもAI研究者の端くれなもんでね」
研究者、適正職業分類A。
「立派なお仕事ですね!」
私は初期設定のままの反応をした。とにかく相手を褒め称え、自尊心を満足させること。しかし、この場においてはふさわしくなかった。
「そう、立派なの。あたしと違ってね」
マリア・モージェンヴィル、適性職業分類M。私の発言は、彼女の自尊心を傷つけたらしかった。
「マリア、ごめんなさい……」
「謝んないで。余計傷つくし」
こういう反応をされたとき、どうするべきなのかは学習していない。人間なら知っているのだろうか。
「よく言うぜ。天下の歌姫マリア・エターニア様が」
アンディが持参したドーナツ袋を開けながら言った。私は疑似嗅覚によって小麦粉とチョコレートと植物性油脂その他の混ざり合った匂いを感知したが、アンディの言葉の意味は理解できなかった。
「天下の歌姫?」
マリアの声はかなり低くかすれており、歌唱に適した声質とは判定しかねた。
「おや知らないのか、ミランダちゃん? さてはマリア、彼女の自動学習を切ってるな?」
横からマリアがドーナツ袋をひったくった。
「ちょっとアンディ、ミランダに変なこと吹き込まないでくれる?」
「私は何も変なことは言っていない、本当のことを言っているだけだ。変なのは君のほうだよ、マリア。才能があるのに、何もできないとふさぎこんでいる」
「何度も言ったよね? あたしはもう歌えないの」
「歌えなくても曲は作れる、と何度も言ってるが」
マリアとアンディ、ふたりの会話から、マリアはかつて歌を歌い、作曲もしていたものと推測された。
「そうだ!」
アンディが手を打った。名案を思いついたときの挙動。
「マリアが曲を作って、ミランダがマリアの声で歌うっていうのはどうだ。マリア・エターニアを歌い継ぐAIシンガー、きっと話題になるぞ」
突然の話だが、私は人造人間なので驚きはしない。
「アンディ、あいにく私には、歌唱機能が備わっておりません」
人造人間「ミランダ」の歌唱機能は、それなりに高額なオプションだった。前のオーナーは私にそれを付加していなかった。
「心配ご無用だ。私の専門は、AIに歌を歌わせることなんだ」
「なるほど、歌えるように私をカスタマイズしてくださるのですね」
「どうだマリア? カスタマイズにかかる費用は、全額こちらが負担するぞ」
私は人造人間なので戸惑いもしない。しかしマリアは違った。
「冗談じゃない! 金儲けの道具にするために、あたしはミランダをうちに連れてきたわけじゃない!」
私にはオーナーが嫌がる選択はできなかった。
「アンディ、ごめんなさい。マリアの許可がない限りは、私は歌うことができません」
「あっそ。いい考えだと思ったんだがね」
アンディはあっさり引き下がった。
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