×××年五月二十二日/購入から三十四日

×××年五月二十二日/購入から三十四日・1

 ×××年五月二十二日/購入から三十四日


 この日は気温も湿度も高い日だった。私が動作するには差し支えない範囲だったが、マリアは違った。昼間にリビングで冷えたコーラを飲み干した後、彼女は暑い暑いと言いながらソファの上に身を投げ出していた。

「エアコンを使ってはどう?」

「ダメ、電気代高いんだから」

 私の提案を、マリアは却下した。光熱費は十年前と比べても、かなり値上がりしているのだという。

「できるだけ節約しなくちゃ。無職なんだし」

 マリアは無職だが、かといって生活費は尽きる気配がない。ときどき「エコー」に不要品を売りに行っているが、それだけで生活が立ち行くはずがないので、他に何らかの収入源を持っていると推測された。

 私はさりげなくコーラの瓶を片付けた。家の掃除や片付けは、もっぱら私の役目だった。

 これはマリアの命令ではなかった。しかし、そのままでは家が汚くなってしまい不衛生なので、オーナーの健康を害するおそれがあった。私はオーナーの心身を守ることを第一に設定されているため、掃除すべきと判断したのである。

 オーナーのためになるなら、ときにはオーナーの指示に背くこともある。私はそのように設定されていた。

「ちょっと、片付けなんてしなくていいって」

 ただし、マリアの機嫌を損ねないよう、注意深く行う必要があった。私がマリアの「家族」になってひと月の間に学んだことのひとつだ。

 マリアは私を使役するのを嫌がるし、「私がやるからいいの」と口では言うものの、自分ではあまり掃除をしなかった。私が掃除をすると、マリアは落ち込むのだ。落ち込む理由は不明。人間は複雑である。

「いいの、立ったついでに片付けただけよ」

 とは言ってみたものの、人造人間である私には命じられない限り、特に立ち上がる目的はなかった。

 ちょうどインターホンが鳴った。私が応対することにした。

「はい。どちら様でしょうか?」

「ん? そちらこそどちら様?」

 モニターの向こうでは、眼鏡をかけた黒髪の女性が目を瞬いている。その手にはドーナツ店の紙袋。

 客人の声を聞いたマリアが、私を押しのけて答えた。

「どうぞ」

 私が買い取られてから、来客は初めてである。素っ気ない態度ながら、マリアの声からはかすかに喜びが感じられた。

 黒髪直毛、スーツ、身長約一七五センチメートル。客人は、足の踏み場があるリビングに目を輝かせていた。

「今日は片付いてるじゃないか。その子のおかげ?」

「はじめまして、ミランダと申します。私は……」

 自己紹介しようとすると、マリアに遮られた。

「『エコー』で買ったの。家政婦じゃないって言ってるんだけど、勝手に掃除してくれちゃうのよね」

「へー、搭載AIの性能がいいんだろうな。……あ、私はアンドレア。よろしく。アンディって呼んで」

 淡々とした口調の割には友好的な眼差しが向けられ、右手が差し伸べられた。私はアンディと握手した。

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