×××年四月十八日/購入初日・6

 以下、マリアの解説。

 少子化により人口が減少し、単純な仕事はAIとロボットで事足りる時代、職業適性を診断することで国民ひとりひとりが適職に就けるよう支援する――というのが政府の建前だが、実際の目的はAIを利用した国家公務員の選抜だといわれている。

 政府は優秀な人材を国家公務員、とりわけ官僚に確保したかった。国家を動かす仕事には、いまだAIに一任しがたい複雑で困難な業務が残っているのだ。「烙印法」は、優秀な人材を民間に取られないための法律だというわけだ。

 職業適性診断それ自体は、悪いことではないだろう。だが弊害として、国民の職業選択の自由が実質的に制限されるようになってしまった。

 就職活動をするときは、たいてい企業に履歴書とともに直近で受診した適性診断書を提出せねばならなくなったし、例えば小説家や「エコー」の店主のように、個人で仕事をする場合もそれぞれの職業に適性があるかを顧客に証明できなければ仕事を得られない。AIが人間の職業を決定してしまう時代になったのだ。

 以上、マリアの解説終わり。

「みんな目の前の人を見ないで、診断書のアルファベットを見るんだよ。ま、最近のAIってすごいもんね」

 私はコミュニケーション上の便宜から「なるほど」と相槌を打ったが、AIが国民の職業を決定してしまうことと、「マリア」が素敵な名前ではないこととの関係性をまだ見出せずにいた。

 マリアは喉を鳴らしてビールを飲み下した。

「さて、問題です。AI様があたし、マリア・モージェンヴィルに与えてくれた適職は何でしょう?」

「分かんない」

 私は即答した。

「私を買い取るときの書類に、マリアが職業欄に『無職』って書いてたのは見たけど」

「そうだよ。でもあたしにも向いてる職業があるんだって。ヒントをあげる。その職業の分類は『M』だ」

 M……マリアのM? 情報が足りない。

「もうひとつヒント。身体が男性の人は、『M』には決して振り分けられることがない」

 男性の身体に適しない職業。マリア……聖母マリア?

 マリアが立ち上がって、乱雑に書類が詰め込まれた壁際の本棚をあさり始めた。

 あった、とマリアが声を挙げたのと、私が分かった、と声を上げたのはほとんど同時だった。

「答え合わせしてごらん」

 手渡された診断書を読み取る。

 マリア・モージェンヴィル。適性職業分類M、そこに分類されている職業は、ただひとつ。

 代理出産業。

 代理出産は、十年前にも存在していたが、政府がひとつの職業として定義するほどではなかった。これも少子化の影響だろう、とはマリアの言。

 代理出産業を選ぶ人の事情はさまざまだろう。しかし、AIによって「他のどの仕事よりも向いている」と宣告されるのは、多くの女性にとって喜ばしからぬことだろうと、私にも容易に推測できた。

「Mは聖母マリア様のMでしょ。いまじゃマリアって名前は、子どもを産む以外能がない女を表す隠語なの」

 マリアは私から診断書を引き取り、上下逆さまにした。「W」になったMを、彼女は人差し指でなぞった。

「この社会にとってあたしの価値は、womb子宮だけってわけ」

 女性の尊厳を傷つけるとして性的奉仕用の人造人間を禁止する一方で、一部の女性に代理出産を職業として実質的に斡旋あっせんしている。それがこの国ということだ。

 ビール瓶が空になった。マリアがそれを床に転がす前に、私は手を差し伸べた。

「……ひどすぎる」

 私はオーナーが傷ついているとき、同情するよう設定されていた。

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