×××年四月十八日/購入初日・5

 このときマリアによってもたらされた情報は、大きく分けてふたつである。

 まずひとつ。「ミランダ」のような性的奉仕用の人造人間は、十年ほど前の法改正で製造・販売・所持いずれも禁止されたそうだ。私が「エコー」に売却されたのと、ほぼ同時期である。

 禁止された理由は、主に風紀を紊乱びんらんするから、女性の尊厳を傷つけるから――性的奉仕用の人造人間は、業界団体の統計によると九割以上が女性型である―だとマリアは語った。

「えっと……理解が難しいよ、マリア」

 私は友人としての口調で言った。

「『ミランダ』は、人間の女性の代わりに性的奉仕をさせるために作られた。むしろ女性の尊厳を守るための製品だったはず」

「そうはならなかった、と考える人が多かったんだろうね。難しいことは、あたしには分かんないけどさ」

 ここで理由を追究するのは有意義ではない。ともかく、「ミランダ」はいま法律で厳しく取り締まられているという事実を学習する。

 ただし例外として、家庭用や医療用など、「ミランダ」を他の目的に転用する場合は、行政へ届出すれば中古品の販売と所持が許可されるそうだ。

「エコー」の店主は所定の手続きを経て、私を販売していた。購入時に、マリアは許可証を受領していた。その記載によると、私はこの家で家庭用人造人間として使用されることになったようだ。

「つまり、あたしとミランダは家族ってこと」

「家族……」

 私は誰かの家族になるためには設定されていなかった。

「そんな難しく考えなくていいよ。困ったことがあったら、なんでもあたしに言って」

「分かった」

 私が「困る」ことは有り得ないが、的確な判断を下すための情報が不足しているときは、マリアを頼ることに決めた。

 マリアは一度立ち上がり、キッチンから瓶ビールと栓抜きを取って戻ってきた。

「それと、もうひとつ知っておいてほしい。いまの時代、『マリア』は全然素敵な名前じゃない」

 ビールの開栓と同時に切り出されたふたつめの話も、法律に関わるものだった。

 十八歳以上の国民は、AIによって職業適性診断を受診することが義務づけられた。職業適性は、学業成績や健康状態、家庭環境や趣味・嗜好などによって、AIが総合的に判断する。

 発行された診断書には、その人に最も適した職種がAからNまでのアルファベットによる大分類で表示される。研究者は分類A、弁護士など法律家は分類B、医者や看護師のような医療関係者は分類Cと続き、重度の障害や病気などで働けない人を表す分類Nまでの十四種類ある。

 六年前に施行されたというその法令の正式名称を、マリアは記憶していなかった。代わりに俗称を教えてくれたため、便宜上それを使用することとする。

ちまたじゃ『烙印法らくいんほう』って言われてるよ」

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