×××年四月十八日/購入初日・4

「待てよ……あんた、『エコー』にどのくらいいた?」

 突然マリアの表情に変化が見られた。困惑から発見へ。

「三千五百七十五日、ざっと十年弱ですね」

「その間、世の中がどうなってたかは知らないの?」

「はい、『エコー』では省エネルギーモードでしたので、テラ・ネットからの自動学習はしておりませんでした」

 私には、テラ・ネットに接続して、世界中の最新情報を自動収集し、学習する機能が搭載されている。しかし相当量の電力を消費するため、省エネルギーモードの間はオフになる。そのため、私が蓄積している情報は十年前までのものであった。

「私の自動学習機能をオンにするかどうかは、オーナーであるあなたの選択次第です」

「オンにしないって選択肢が有り得るわけ?」

「はい。オーナーによっては、性的奉仕に知識は必要ないとお考えの方もいらっしゃいますので」

 そのときマリアが見せた表情は、私の学習履歴にあるどの感情とも一致しなかった。同情、憐憫、怒り。少なくとも、喜ばしい感情でないことは確かだった。

「オンにするには、どうすればいいの?」

「テラ・ネットに無線で常時接続する必要があります。ただし通信量が非常に多くなりますので、従量課金接続は非推奨です」

 マリアは頭をかきながら視線を下に落とした。

「うちは従量課金なんだよな。無職だし、ネット嫌いだから必要最低限しか使ってなくて。……ごめん」

 オーナーが申し訳なさやいくらかの羞恥を感じた場合、私はこう言うように設定されていた。

「謝っていただく必要はありません。私は見た目こそ人間のような姿をしていますが、ただの道具に過ぎません。私に意志や感情はなく、オーナーの命令や人格、社会的地位や経済状況などの良し悪しをジャッジすることはありません。私をどのように使おうとも、完全にオーナーの自由です」

「そう、ありがと。……でもあたしはあんたに、知識を身につけてほしいと思う。この十年で何が起こったのか、必要最低限のことはあたしからあんたに伝える。分からないことがあれば、あたしに聞いてくれればいい。いいね?」

「承知しました」

 私はマリアがこの十年の間に起きたことについて、教えてくれるのを待った。

「と、その前に……ミランダ、一つ命令していい?」

「どうぞ」

「そのバカ丁寧な口調をやめてほしいな、もっとフレンドリーになんない? 肩が凝っちゃう」

 私の口調がマリアの僧帽筋に影響を与える可能性は低い。これは比喩だと判定した。

「承知しま……いいよ、マリア」

 私はマリアの命令に従うだけだ。

「それでよし。じゃあ、話を始めよう」

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