×××年四月十八日/購入初日・3
この日、マリアが遠慮して言わなかった希望について、私は「掃除をしてほしい」であると推測した。
私は家の中をひととおり巡り、間取りと全体的な散らかり具合を把握した。
最も掃除優先度が高かったのは、腐敗臭の漂うキッチンである。腐敗臭は人体に有害なガスが発生している証拠だ。
私はまずシンクに無造作に投げ込まれている食器を、最も効率のよい方法で食器洗浄機に並べ入れ、スイッチを入れた。――それにしても、食器洗浄機を持っているにもかかわらず、シンクに皿を放置するのは非合理的な行為だ。しかし人間は合理性のみで行動するわけではないことを、私は学習している。
シンクに腐敗物はなかった。腐敗臭の根源は、キッチンの奥に備え付けられていた白い直方体のゴミ箱のようだった。開けるとフライドチキンの骨やバナナの皮、野菜屑などがカップ麺の空き容器に混ざって捨てられており、ショウジョウバエが数匹たかっていた。
これは想定の範囲内だった。私はあらかじめ戸棚から殺虫剤スプレーを探し出していた。ゴミ箱の中に向けて十分に噴霧した後、ゴミ袋の口を固く結んで庭のゴミ置き場へ出した。
私はマリアを起こすべき時間が到来するまでの二時間、可能な限りマリアの部屋を清潔な状態に戻そうと努めた。散らかっている衣服は、視覚認識と疑似嗅覚によって洗濯されたものか否かを判断し、洗うべきものは洗濯機を使って洗濯した。明らかにゴミと思われるものは分別してゴミ箱に入れた。床も掃除すべきだが、マリアの昼寝の邪魔になるため今回は見送った。
二時間後、私は洗濯済の衣類を畳みながら、マリアに呼びかけて覚醒を促した。
「マリア、二時間経過しましたよ。お目覚めになってください」
毛布のなかで身じろぎしていたマリアは、私に肩を叩かれると半分ほど瞼を持ち上げ、次いで目を見開いて何度も瞬きした。眼前の光景を疑うほど驚いたときの表情。そして、マリアは飛び起きた。
人造人間一体ですべての掃除を終わらせるには、二時間では全然足りなかった。それでもマリアの目には、十分に片付いたように見えたようである。
「……これ、もしかして、あんたひとりでやったの?」
「はい」
正確には「ひとり」ではなく、「一体」である。
「家中の片付けをすべて完了するには、あと二時間半ほどかかる見込みです」
「いいんだよ、そんなことやらなくて!」
マリアは倒置法を使い、強い口調で言った。
「いい、とはどのような意味でしょう?」
「家事なんてやらなくていいって言ってんの。あんたは召使じゃないんだから」
家事をさせるために私を購入したのではない、とマリアは言った。
私は誤解していた。ならば、私を購入した理由はひとつ。
「それでは――」
私はマリアの頬に手を伸ばし、自らの顔を寄せた。お互いの唇が触れる直前、マリアは私を両手で突き放した。
「ちょっ、なんでそうなんのよ!」
「私はそのための製品なのですが」
「いまどきダメでしょ、そんなの」
明確な拒絶を受けても、私は笑顔を絶やさないことが可能だった。私はマリアに命じられ、初めに座っていたソファに移動した。
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